※このお話は「犬〜I wanna be a dog〜」の続編です。
犬2
〜I wish I were a dog〜
前編



―わたしが犬だったらよかったのに―
"あの人"と出逢ってからわたしはいつもそう思っていた。
もちろん犬だったらなんでもいい訳じゃないけどね。


あれから半月がたった。
あの日からわたしは学校帰りに毎日堤防に寄り、犬の小太郎と遊んだり飼い主の凛さんとおしゃべりしたりしていた。
学校が休みの日は"気合いが入ってるんだけどそうとはバレないように気をつけた格好"(!?)でいつもと同じくらいの時間に堤防に出かけた。
凛さんに「私服姿もかわいいね」などと言われてひとりでよろんこんだり...。
後悔しながら橋を渡っていた頃には考えられなかったような日々はとってもしあわせなんだけど、ただひとつ気になることがある。
それはいまだに凛さんの名前しか知らないこと。
わたしは学校のこととか家族のこととかいろいろ話しても、凛さんはただ笑ってそれを聞いているだけ。
"コタ"のことは好きな食べ物とかいろいろ話してくれるんだけど、凛さん自身についてはどこに住んでいるとか家族とか恋人(実はいちばん気になる!!)のこととか何も話してくれない。
やっぱわたしって"散歩途中に出会った人懐っこい女子高生"程度の存在なのかなぁ?
ほんとはわたしから訊こうと思ったこともあるんだけど...
もしかしたらそのせいで凛さんがここに来なくなっちゃうかも、という考えが浮かび行動に移せなくなった。
まぁ、今のままでも十分しあわせだからいいか。
わたしは自分にそう言い聞かせることにした。

そんなある日。
「平均点の半分に満たない点数の者は放課後補習を受けること。」
数学の先生の言葉にわたしは真っ青になった。
やばい..."平均点の半分"どころか、この点数は...。
ていうか、なんでいきなり今日なの!?
もっと前もって言ってよ〜!!!

「あれ、鈴?」
拷問(!!)のような数学の補習を終えよろよろしながら廊下を歩いていると声を掛けられた。
同じクラスの室伏加奈だった。
「こんな時間までめずらしいね。あ...」
加奈は"しまった"という顔で口に手をやった。
確かにいつもはわたし、授業が終わるとすっとんで帰ってるけどね...。
「ごめん、補習だっけ。」
「も〜あの先生、鬼〜!!!」
わたしは加奈にグチを聞いてもらおうと思ったが、加奈が手にした本にふと動きが止まった。
「あ、ごめん。仕事中だった?」
加奈は図書委員なのだ。
「うん。杉本先生のところに本、届けに行くところ。 よかったら今晩、電話してね。」
加奈はそう言って笑いながら立ち去った。
しっかりわたしへのフォローも欠かさないところが"さすが"(!?)だと思った。
「さて...」
わたしはため息をつきながら腕時計を見た。
「帰ろうかな。」

そして、わたしはD駅で電車を降りるといつもの帰り道を歩いて行った。
時刻は5時過ぎ。
いつも凛さんたちは4時半には帰っちゃうからもういないよね。
そう思いながら水色の橋を渡ろうとすると...
あれ!?
わたしは橋の直前で方向転換をし、堤防へ駆け出した。

「り、凛さん!?」
わたしの声に振り向いた凛さんはにこっと笑った。
その隣で"白・黒・茶"の小太郎もしっぽを振っていた。
「ど、どうしたんですか!? もうこんな時間なのに...」
わたしは息を切らしながら凛さんとコタに近づいた。
走ったのと予想外の出来事にわたしがぜーぜーとしていると、凛さんが「大丈夫?」と心配そうな顔をした。
わたしは言葉もなくうんうんと大きくうなづいた。
「いやね、鈴ちゃんがいつもの時間に来ないからどうしたのかなぁ、と思って。で、4時半のチャイム鳴ったけれど、もうちょっと待ってみようって...」
凛さんの言葉にわたしは驚きと感動でいっぱいだった。
まさか凛さんがわたしのことを待っていてくれるなんて!!
まさに"生きててよかった!!"って感じ!!
「そういえば、今、何時なのかなぁ?時計持ってないもんで。」
感動にひたっていたわたしはその言葉に動きを止めた。
「って、あの、もう5時過ぎてますけど、とっくに。」
「え、そうなの!?」
凛さんがあせった様子で頭をかかえたその時...

「凛!!」

突然降ってきた声にわたしはあたりを見回した。
すると、堤防沿いの道路に止まった白い車から男の人が飛び出し、一目散にこちらに走ってきた。
「あれ、久志?」
凛さんはその人の姿を見てびっくりした顔になった。
さっきのわたしのようにぜーぜー言いながら目の前にやってきたその人は凛さんと同じように茶色い長い髪をしていたが凛さんとはだいぶ印象が違った。
(その人は"かっこいい"っていう感じだけど、凛さんはやっぱり"きれい"というイメージ)
そして、年齢は凛さんよりちょっと上のようだった。
なんかどっかで見たことあるような...。
「どうしたの? 久志がこんなところに来るなんてめずらしいね。」
のん気にそう言う凛さんにその人は顔を歪めた。
「あのな〜!!! お前こそ、こんな時間までこんなとこでなにやってるんだよ!!」
突然大声で叫ぶその人にわたしも凛さんもコタも目をぱちくりとした。
「いつもの時間に帰って来ないから、伯母さん、俺のところに連絡よこしたんだぞ。」
「あ...」
あ!!
凛さんの顔色がさっと変わったその横で...
"その人"が誰か思い出したわたしはひとりそわそわしていた。
「ごめん、迷惑かけて...」
「俺のことはいいから、伯母さんに心配かけるんじゃないぞ。」
「あの...」
まじめな顔で話しているふたりにわたしはおずおずと声をかけた。
「なに、鈴ちゃん?」
凛さんがわたしににっこり笑いかけた。
"その人"もわたしの方を向いた。
「あの、ひょっとして、こちらの方、作家の前田久志さんですか...?」
ふたりは思いもかけなかったのかわたしの質問に一瞬止まっていた。
そして、凛さんがくすっと笑った。
「正解。よくわかったね。」
やっぱり!!
「前に暁賞授賞式をテレビで見たもんで...わたし、受賞作読みました〜!!」
「それはどうも♪」
"前田久志さん"はにっこりと笑った。
わ〜こんな有名人が目の前にいるなんて...!!!
「凛さんってすごい人とお友達なんですねぇ。」
わたしがため息をつきながらそう言うと久志さんはにやっと笑った。
「いや、俺、こいつの従兄。」
「従兄!?」
その事実に加え、"凛さんのことをまたひとつ知った"というよろこびにわたしはひとりきゃーきゃー言っていた。
「どうやら、お嬢さんはきみの"お友達"のすごさをまだ知らないようだね。」
「え!?」
「久志!!」
凛さんは話を止めようとしたが、それに構わず久志さんは話し続けた。

「こいつはね、俺の作品の専属イラストレーターなんだよ♪」

え...?
久志さんの作品の、って...あのちょっと抽象的で、不思議で、あたたかい感じの...?
あの絵を凛さんが書いてるの!?

壊れた機械のように「え〜!!え〜!!」とくり返すわたしに久志さんは満足そうにうなづき、凛さんは赤い顔をしていた。

「あ、そうだ!! こんなこと話してる場合じゃなかった!! 凛、家まで送るから車に乗れ!!」
「え、でも...」
「コタもいいから!! 早く!!」
久志さんはそう言うと凛さんの腕を引っぱった。
「それじゃあ、鈴ちゃん、また...」
「あ、はい。」
「お嬢さん、またね♪」
そう言い残すとふたりと一匹は白い車に乗り、行ってしまった。
わたしはその様子をただぽかんと見つめていた。
そして、ふと我に帰ると自然と笑みがこぼれ、ひとりでにやにやしていた。
"今日は凛さんについていっぱい知ってしまった"
そう思うだけでしあわせだった。

その翌日。
わたしはいつもの時間に堤防に行ったが凛さんと小太郎の姿はなかった。
今度はふたりが遅れてるのかもしれないし、昨日、凛さんがわたしのことを待っていてくれたのだからわたしも待たなきゃ!!
そう思い、ひとり、草の上に座り込んだ。
そして、ぼーっと川をながめていると...。
「あ、いたいた。」
後ろから聞こえてきた声に思わず振り返ると...そこには前田久志さんが立っていた。
「え、あの...」
「凛がね、きみがここで待ってるかもしれないから"今日は行けない"って伝えて来てって。」
久志さんの言葉に胸の中でふくらんでいたなにかがしぼんでいくような気がした。
「...そうですか。わざわざすみません。」
わたしはあわてて立ち上がるとぺこりと頭を下げた。
「まぁ、俺もきみと話したいことがあったから。」
久志さんはそう言うと草の上に座り込んだ。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

調子に乗って(!?)第二弾です(^^)
ていうか、犬ほとんど出てこないし..."看板に偽りアリ"ですね、これじゃあ^^;
後編ではもうちょっとコタに活躍してほしいと思います(笑)
そして、綾部趣味に走りまくりです(爆)(でも、久志なんだか別人...)
[綾部海 2004.5.21]

next
text top