057.熱海
花火の夜

「花火!? この寒いのに!?」
12月ももう終わり頃。
まゆが熱海の冬の花火大会に行こうと言い出した。
「冬は空が澄んでいるから夏よりきれいだって生徒が言ってたの〜!! 行こ〜行こ〜!!」
まゆの"おねだり攻撃"に俺が勝てる訳もなく...。
勝手に今度の休みに行くことになってしまった。
それにしても、俺、一応受験生なんだけど...。 風邪でもひいたらどうしてくれるんだ?(ため息)

熱海まで車で行くこともできたが、駐車場を見つけるのが大変だということで俺たちは熱海駅の隣の函南(かんなみ)駅から電車で行くことになった。
ちょうどまゆの知り合いが通勤のため函南駅のそばの駐車場を借りていて休みの時は自由に使ってもいい、ということで俺たちはその好意に甘えさせてもらうことにした。
(うちのマンションからバスでも函南駅に行けるが帰りはバスがもう終わっている可能性大だったし)
けっこう同じ考えの人が多いのか函南駅はとても混雑していた。
「こうちゃん、はぐれないように気をつけてね!!」
まゆは俺の手をぎゅっと握った。
しかし、そう言ってる本人の方がよっぽど迷いそうなんだけど...(汗)
俺たちは人の波にもまれながら電車に乗り込み熱海駅へ向かった。

花火が始まる時間までまだだいぶ余裕があったが、会場となる海岸周辺は結構混みあっていた。
俺たちはなんとか砂浜のわずかなスペースに入り込み、砂の上に直接腰を下ろした。
「なんか敷くもの持ってくればよかったかも...」
「あ、でも下、砂だし全然気にならないから...」
俺たちはまだ花火の始まりそうにない夜空を見上げたまま黙り込んでしまった。

そういえば...何年か前に夏の花火大会に"あいつ"と来たこともあったな。
初めて見る浴衣姿にドキドキしたり、やっぱり人ごみではぐれないように手をつないだり...。
あ!! 確かあの時...俺、きらきらした目で花火を見るあいつの顔に見とれて...キス...したんだよな...。
って俺、まゆが隣にいるのに何思い出してるんだよ!!
俺がその"思い出"を振り払おうと思わず頭を振っていると...。

ドーン!!

真っ暗だった空に色とりどりの"花"が描かれた。

まゆとつないだままだった俺の右手がぎゅっと握られるのを感じた。
俺は隣に目をやった。
やはりきらきらした目で花火を見つめているまゆの姿があった。
俺はその顔から目を離すことができなかった。

「きれいだったね〜!!」
熱海駅へ向かう帰り道、まゆは笑顔全開でそう言った。
「あ、うん...」
とても「ずっとまゆの顔を見つめていた」とは言えない俺はあわてて返事をした。
花火がどんなだったかなんて全然わからなかった。
でも、まぁ、"こっち"もきれいだったからいいか。

熱海駅から"通勤ラッシュ並み"(!?)の電車に乗り込みなんとか函南駅で下車した俺たちはまゆの車が置いてある駐車場に向かった。
電車を降りてからまゆが妙に静かだったが、俺は「ラッシュで疲れたのかな」とあまり気にしなかった。

冷蔵庫のようになっていた車内がエアコンで暖まるのを待っている時に、まゆがふいに口を開いた。
「ほんとはね、こうちゃんと夏の花火大会にも行きたかったの。」
俺はまゆがなぜ突然そんなことが言い出したのかわからない上に、さっき思い出していたことがまた頭に浮かんでなんだか落ち着かない気分になった。
「でも、熱海の花火大会にはちょっと、つらい思い出があったもんで...」
まゆは"ちょっと"と言っているがほんとはそうでないのがまゆの表情からわかった。
「だけど、冬だったら...あの夏の熱気や浴衣の群れがなかったら大丈夫かも、と思って...それでこうちゃん誘ってみたの...」
俺はまさかまゆがそんな複雑な気持ちで「花火大会に行こう」と言ったとは夢にも思わなかった。
俺が"あいつ"のこと思い出したりまゆの横顔に見とれている間、まゆは心の中で戦ってたんだな...。
「それで、どうだった?」
俺の問いにまゆはにこっと笑った。
「"こうちゃんといっしょに花火を見れてよかった"って思った。」
俺はほっと息をついた。
「なんだかね、いろいろ考えていたのがバカみたい。だって、いざ行ってみたら花火とこうちゃんのことしか頭になかったんだもん。」
さらっと"殺し文句"を口にしてにっこり笑うまゆに俺は胸のドキドキが止まらなかった。
そして、俺は腕を伸ばして運転席のまゆを抱きしめるとまゆの肩口に顔を埋めた。
「こうちゃん?」
俺ってまだまだだめかも...。"花火とまゆ"じゃなくて"まゆとほかの誰か"のこと考えてたなんてとても言えないよ...。
俺は抱きしめていた腕にさらに力をこめ、まゆの耳元に囁いた。

「今度は夏の花火を見に行こう。」

うれしそうに「うん」と答えるまゆに俺はにっこり笑った。(ほんとはキスしたかったけれど家に帰るまでガマンした)

帰り道、十分に暖まった車内と適度な振動のせいでうつらうつらしていた俺は短い夢を見た。
浴衣姿のまゆと手をつないで花火を見に行く夢を。
きっとその時、俺はまゆと花火にしか目が入らないだろう。
今日のまゆのように。

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タイトルは槇原敬之さんの曲から。
綾部は"熱海といえば花火"です。
夏も冬も見に行ったことがありますがあえて冬で(^^)(めちゃくちゃ寒いけどね^^;)
[綾部海 2003.12.30]
100 top / before dawn top

Photo by おしゃれ探偵