089.マニキュア
空がきれい
後編

そして、要たちは雪野のマンションへと向かっていった。
「じゃあ、帰ろうか。」
俺はまゆと手を繋ごうとしたがまゆの左手はコートのポケットの中だった。
「?」
いつも"こういう時"は手を繋いで行くのに...。
俺はちょっとがっかりしながら自分もコートのポケットに手をつっこんで歩き出した。

なんかおかしい。
あいつらと別れてからまゆがひとことも話さない。
いつものまゆなら「テストどうだった?」とかきいてくるのに...。
ふたり並んでポケットに手をつっこんだまま黙々と歩く姿は自分から見ても変な感じだった。
えっと...なんか話題、話題...。
あ、そういえば...。
「まゆ。」
「ん?」
やっとまゆが俺の方を向いた。
「まゆ、去年あのふたりの家庭教師してたって言ってたけど、その頃まだ高校の先生してたんだろ? 確か公務員ってバイトしちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「あ、でも、私は非常勤講師でパートみたいなものだったからバイトOKだったの。...と言っても高校の先生だったのは1学期だけで、その後は今の塾で働いてたんだけど。」
「ふ〜ん。」
「要くんのお母さんが前に高校の先生やってて私の同僚の先生と友達だったの。で、『北高志望の子ふたりまとめて面倒みてくれないか?』って紹介されてね。」
まゆは楽しそうに笑った。
よし、だいぶいつもの調子に戻ってきたぞ。
「でも、驚いたなぁ。あのふたりがまゆとそんな関係だったとは...。」
「え?こうちゃん、ふたりのこと知ってたの?」
「直接は知らなかったけど有名人だから。"入学早々うちのクラスの女子がファンクラブ作った1年生コンビ"って。」
「ファンクラブ!? すご〜い!!」
「と言ってももう解散しちゃったんだけどな。」
「え、なんで!?」
「俺もよく知らないんだけど...さっきの高...じゃなくて、前田が関係してるらしいよ。」
すると、なぜかまゆがまた黙り込んでしまった。
仕方なく、俺たちはそのまま歩き続けた。

「きれいな子だね。」
突然、まゆがぼそっとつぶやいた。
「だれが?」
「前田さん。」
確かに雪野はきりっとした感じの美人である。
「そうだな。」
「まだ高校生なのにあんなにきれいで大人っぽいなんていいなぁ...」
あ、そうか。そういうことか。
まゆは自分が童顔なの気にしてるんだよなぁ。
でも...。
「でも、俺はまゆみたいなかわいいタイプの方が好きだけどな。」
俺の言葉にまゆは驚いたような顔をしてこっちを向いた。
「ほんとに?」
「ほんとに。」
まゆはほんとにうれしそうな、とろけそうな顔をしていた。

チャンス!!

俺はまゆのコートのポケットに手をつっこんでまゆの左手をつかんだ。
あれ? まゆ、寒がりな上に風邪もひいてるのになんで手袋してないんだ?(いつもはしっかり防寒) それでポケットに入れてたのかな?
...まぁ、いいか。
俺は自分のポケットに入れようとまゆの手ごと引き抜いたのだが...。
「あっ!!」
まゆが小さく叫んだ。
..........。
俺は思わず立ち止まってしまった。
俺につられて立ち止まったまゆはうかがう様に俺を見ていた。
俺はまゆの左手を顔に近づけるとまじまじと爪を見た。
「まゆこさん、これは...」
「え、あの、その...」
真っ赤な顔でまゆは口ごもった。
まゆの爪にはピンクのマニキュアが塗られていた。

普段、まゆはマニキュアをつけない。
"絶対に仕事の時にはがれるから"というのと"生徒に「だめ」って言いながら先生がしてたら説得力ない"というのがその理由らしい。
(ちなみに、同じ理由でまゆは髪も黒いままだ。)
休みの日もそのままだったので、俺はいままでまゆの"すっぴんの爪"しか見たことなかったのだが...。

「これは...あの...こうちゃん待ってる間ひまだったもんで...」
「"ひま"って、ちゃんと寝てなきゃだめだろう!?」
俺の言葉にまゆはしゅんと黙ってしまった。
俺はまだ自分の胸の高さにキープしていたまゆの指にまた目をやった。
見慣れたはずのその指はピンクの彩りによって別人のような...なんだか新鮮な印象を与えた。
...あれ?...ひょっとして...
「これって...俺のために...?」
俺がそう言うとまゆは顔を真っ赤にした。
「あのね...今日、こうちゃん、出かけるの楽しみにしてたでしょ?...それなのに、私のせいでだめになっちゃって...」
そういえば、俺、「ひさしぶりにドライブしたい〜!!」とか言ってたんだよな...まゆ、そのこと気にしてたんだ...。
「それで、ちょっとでもよろこんでくれたら、と思って駅まで迎えに行くことにしたんだけど...まだなんか足りないかなっって...」
まゆはまだ真っ赤な顔で話し続けた。
俺はまだ握ったままのまゆの手からドキドキが伝わってくるような気がした。
そして、そんなまゆの言葉にどう返せばいいかわからなかった俺は...
「あ。」
コートのポケットにまゆの左手ごとつっこむとまたすたすたと歩き出した。
「こうちゃん?」
"いつものかえりみち"と違うルートをたどる俺にまゆがとまどった様子の声をあげた。
「せっかく天気いいから遠回りして行こ。」
はずかしさやらなにやらでとてもまゆの顔を見られない俺は顔を前に向けたままそう言った。
「うん!!」
うれしそうなまゆの笑顔を横目で見た俺はさらに"脳内温度"(!?)が上がるのを感じた。

どう言えばいいんだろう?
まゆの言葉に、まゆの行動に対する俺の気持ちを表現したかったがうまい言葉が見つからない。
頭の中がそのことでいっぱいだった俺はまた無口になり、まゆも黙ったまま歩きつづけた。

ふと見上げると雲ひとつない"きれい"な空が広がっていた。
あ、そうだ、"きれい"...。
ありふれた言葉だけど"これ"を表現するのにはぴったりのような気がした。
俺はポケットの中のまゆの手をぎゅっと握った。
「ん?」
まゆが俺の顔をのぞきこんできた。
「爪...すごくきれいだな...」
俺は前を向いたままそうつぶやいた。
すると、今度はまゆがポケットの中でぎゅっと握り返してきた。
「ありがとう。」
「こちらこそ。」
今度はちゃんとまゆの顔を見て言えた。
まゆの"イチゴショート"のような笑顔に俺も笑顔がこぼれた。
あ、やばい...今、すっごくキスしたいかも...遠回りなんかするんじゃなかった...。
そんなこと思いながらちらっとまゆを見ると、楽しそうに鼻歌を歌っていた。
まぁ、いいか。"いっしょに散歩"もめったにないしな。
「あ、こうちゃん、犬、犬!!」
そう言うとまゆは俺を引っぱって走り出した。

―きみの"きれい"が今日も僕をしあわせにする―


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後編、結局あの3人組は出てきませんでした、すみません^_^;
いつか"Triサイドのこの出会いのシーン"も書きたいなぁ、と思っております。
[綾部海 2004.2.28]

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