BEFORE DAWN
ドアをノックするのは誰だ?

あの頃の僕はどんな声にも耳を閉ざしていた 君が僕の心の扉をたたくまで…


「先生って彼女いないの?」
「あ!?」

大学3年のクリスマスイブの夜、俺は高校2年男子の家庭教師のバイトだった。

「だって、せっかくのクリスマスなのにこんなところでバイトなんてさぁ…」
「そのセリフ、そっくりそのままお前に返そう。そして、そんなよけいなことを考えているヒマがあったらとっととこの問題解いてくれ。」
俺の言葉に"高2男子"はあわてて問題集に目をやった。
…まったく、こいつの方から『クリスマスイブは授業をなしにしてほしい』って言ってくれれば、こっちだってまゆと…(ためいき)
そして、首をかしげながら問題を解いている"生徒"をながめながら、俺はふと思った。
"俺が高2の時のクリスマスって何してたっけ…"

実は、高2の夏に母が交通事故で亡くなり高3の春にまゆと暮らし始めるまでの間のことが、俺にはほとんど記憶にないのだ。
覚えているのは、親父や友人たちに冷たい態度をとったこと、ぐらい…。
あの時、まゆに出逢わなかったら今頃、俺はどうしていたんだろう…?

「先生、なにボーっとしてんだよ? 問1できたよ。」
その言葉にはっと我に返った俺はあわてて"仕事"に戻った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

バイトが終わると俺はまっすぐ家には帰らず保の家に向かった。
「ほら、"これ"。」
「サンキュー!!」
俺は白い紙袋を差し出す保に両手を合わせた。
実は、まゆへのクリスマスプレゼントを保に預かってもらっていたのだ(家に置いておくとまゆに見つかっちゃうから)。
「こーへー、まゆ先生から手編みのセーターもらうんだって!?」
「へ!?」
保の後ろからひょこっと顔を出した敦美の言葉に俺は「?」となった。
「こら、敦美!! "もらうかもしれない"って言っただけだろっ!!」
あわてふためく保に俺は納得がいった。

今年の冬の初め頃、塾の生徒がやっていた"指編み"に興味を持ったまゆは本と毛糸を買い込んでやり始めたのだが…。
どうも思ったようにできなかったらしく、『これならかぎ針の方が簡単!!』とあっさり"かぎ針編み"に転向し、ひまさえあれば編み物をしているのだった。
そのことを保に話したのが敦美に伝わって、勝手に"手編みのセータープレゼント説"(!?)にまで発展したらしい。

「でも、俺、サイズとか測られてないから、それはないんじゃないか?」
「そんなの、直接じゃなくてもこーへーの服の大きさみればいいじゃない。」
「あ、そうか。」
思わず納得してしまった俺に敦美は得意げな顔をし、その隣で保は困ったような顔で笑った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「あ、おかえり〜。」
俺がマンションに帰ると、すでにまゆは仕事から帰って来ていた。
「今日はこうちゃんの方が遅かったね。」
「あ、うん。ちょっと寄り道していたから。」
そう言うと、俺は手にしていた白い紙袋をまゆに差し出した。
「これ、クリスマスプレゼント。」
「え?…わぁ、ありがとう!!」
まゆは一瞬きょとんとした顔になったがすぐにうれしそうに紙袋を抱きしめた。
「ねぇ、開けてもいい?」
「あ、うん。」
ぺたんとその場に座り込んだまゆは丁寧に紙袋を開け、中の包みをこれまた丁寧に開いていった。
中から出てきたのは白いダッフルコート。
「…なんで、これ…」
まゆはびっくりした顔でコートを見つめていた。

実は、このコートは、前にふたりでイトーヨーカドーに行った時にまゆが気になっていたものなのだ。

「気に入ってたみたいだったから。」
「でも、もう、いい年して、こういうのは、似合わないかな、って…」
「そんなことないよ。いいと思うけど。」
俺の言葉にまゆは満面の笑顔になるとコートをぎゅうっと抱きしめた。
「うれしい…ほんとに、こうちゃん、ありがとね!!」
その笑顔に俺もにっこりと笑った。

「あ、私もちゃんと用意してあるんだよ!!」
そう言うと、まゆはリビングのすみに置いてあった仕事カバンをごそごそやると、小さな包みを手に戻ってきた。
「はい、ケミストリーのベスト。こうちゃん、まだ買ってなかったでしょ?」
…確かに、俺は"ケミストリーのアルバム全部持っているからベストアルバムは買わなくてもいいかなぁ"などと思って買わなかったんだけど…
敦美のせいで(!?)"プレゼントは手編みのセーター"と思っていた俺は、なんか拍子抜けしてしまった。
「あれ?…ひょっとして、こうちゃん、もう買っちゃった…?」
「いや、そうじゃなくて…実は…」

俺がさっきの敦美とのやりとりを話すと、まゆはまたもやびっくり顔になった。

「え!?…ごめん、私、自分のもの編むことばっかり考えてたもんで…」
ここ2,3ヵ月、まゆは、ひとつものを編み上げると『今度は色やデザインを変えてみよう』と次々に新しい"作品"のアイデアが浮かび、自分のマフラーやショールを作りまくっていたらしい。
「ほんとにごめんね!! 今編んでいる"ドライブ用のショール"、こうちゃんにあげるから!!」
「いや、いいって、ほんとに気にしないで。」
さらに"ごめんね!!"を連発するまゆに俺は思わず笑ってしまった。


今こうして"あたりまえのしあわせ"を感じることができるのは きみがとなりにいてくれるから



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まゆと晃平の4回目(!!)のクリスマスのお話でした♪
"クリスマスイブで日曜日"なのにまじめにバイトしている晃平がなんとも笑えます(自分で書いておいて^^;)。
さらに、まゆの"マイブーム"が実は綾部と同じなのも笑えます(自分で…略^_^;)。
そして、"クリスマスイブのお話"なのに書きあがるのが遅くてほんとに申し訳ありませんでしたm(_ _)mm(_ _)m
(ちなみに、タイトルは小沢健二さんの歌から)
[綾部海 初出:2006.12.29 / 2007.12.24 ブログより再録]

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Photo by ひまわりの小部屋