BEFORE DAWN
7

月曜日。
またいつもの一週間が始まった。
俺は数学の課題をすっかり忘れていたことを学校に着いてから思い出し、問題集と格闘していた。
しかし、本来ならば土・日かけてやるものだから量がハンパじゃない。
いつもは週末にとくにやることがないのでしっかり片づけていたのだが今回は...きのうも帰ってからなんかぼーっとしていたし...。
あきらめようかとも思ったが数学の田中先生は宿題に関して"だけ"は厳しいし...う〜む...。
「ほら。」
頭をかかえて数学の問題集をにらみつけていた俺の目の前に見慣れぬノートが現れた。
「保...」
顔を上げてみるとクラスメートで中学もいっしょだった古屋保が立っていた。
「とっとと写せよ。もう授業始まるぞ。」
保の顔を見上げたまま止まっている俺に向かって保はノートをさらに差し出してきた。
「...サンキュ...」
俺はおずおずとノートを受け取った。
お言葉に甘えて宿題を写し始めようとしたとき、保がまだ俺の机の前に立っているのに気づいた。
「何?」
保はなんだか驚いたような表情をしていた。
「いや...また、つっかえされるかと思ってたもんで...」
そう言うと保は複雑そうな表情で笑った。
「...」
俺は何も言い返すことができなかった。

去年母が亡くなってから、俺はとにかく"人間関係"というものがいやになってしまった。
とにかくあらゆるものが無意味に感じられ、関心を持たなくなった。
そして、周りの友達が俺のことを心配して声をかけてくれても、「ほっといてくれ!!」と返したり無視したりしていた。
最初はみんなも母の死がショックだったのだろうと大目に見てくれていたが、そのうち誰もが必要以上に俺に接することはなくなった。
でも、俺はわずらわしい人づきあいから離れられて逆にうれしいくらいだった。
しかし、保だけは違った。
俺がいくら無視したり冷たい態度をとってもめげずに話しかけてきた。
今でも俺に毎朝あいさつしてくれるのはあいつくらいだった。
これも最初は無視していたが俺も最近はある意味根負けして、あいさつされたら目を合わすようにしていた。
それだけでもうれしそうに笑う保を見ると、俺も申し訳ない気持ちになったりしていたが...。

そう言われれば、前に宿題を忘れたときにも保がノートを貸そうとしてくれたっけ。
そのときも無視して通そうとしたのだが、保が無理矢理俺に渡そうとしたので「いらねえよ!!」とつっかえしたんだった...。

「あの時は、悪かった...」
俺はそれだけぼそっと言うとなんだかはずかしくなってうつむいてしまった。
「いいよ、気にしてないから。」
保の言葉に俺が顔をあげると保はにかっと笑った。
「今日はなんかお前、明るいな。なんかいいことでもあったか?」
"いいこと"
俺はすぐにまゆ先生のことを思い出した。
「べ、別に...」
ほんとは保になら言ってもいいかも、と思ったが、なんとなくあのことは秘密にしておきたかった。
でも、たぶん俺の顔は赤くなっていたので"なにか"あったことはあいつも気づいただろう。
「ま、いいけどな。」
保はちょっと残念そうな顔で笑うと、自分の席へと戻っていった。

俺はなんとか数学の授業までに宿題を写し終えた。
授業が始まる前に保にノートを返さなければ、と思ったが、あいつは周りの男子と談笑中だった。
自ら"村八分"にされた身としてはさすがにその輪に堂々と入っていくことはできない。
少し離れたところでノートを片手に様子をうかがっていたら、保の方で気がついたらしく俺のところへやってきた。
「どうした、晃平?」
「ノート。」
俺はぶっきらぼうにノートを差し出した。
「サンキュ。」
「ん、困ったときはおたがいさまだ。」
保はまたにかっと笑うとノートで俺の頭を軽くたたいた。
「あのさ...」
「? なんだ?」
「やっぱ、なんでもない...」
俺はあわてて自分の席へと戻った。
保はまだ「?」という顔で俺を見ていた。
ほんとはやっぱり保にまゆ先生との話を聞いてほしいと思ったのだが...。
いまさら俺の方から歩み寄ろうなんて虫が良すぎるよな。
それに、あいつに話したら俺の中の"もやもや"がはっきりしてしまうかもしれないから...。

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初めてまゆと晃平以外の人が登場です(笑)
ていうかいきなり"男子のみ"になってしまいました(爆)
でも、次回からまたまゆが出ますからね(^^)
[綾部海 2003.11.17]

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