BEFORE DAWN
9

俺は先週まゆ先生と歩いたコンビニからマンションまでの道を今日はひとりで歩いていた。
俺の鼓動は相変わらず耳元で鐘を鳴らしているかのようにガンガン響いていた。
それはまゆ先生にエントランスの自動ドアを開けてもらっているときにも、エレベーターで6階に向かっているときも、そして先生が玄関のドアを開けてくれるのを待っているときにも鳴り続けていた。
いや、むしろ部屋に近づくにつれてボリュームが上がっていったような気もする。

「いらっしゃい。」
にっこりとドアを開けてくれたまゆ先生は俺を見て一瞬驚いたような表情になった。
「あの...俺、なんか変ですか?」
さっきコンビニの前に座り込んでいたせいで服がぐちゃぐちゃになってるのかも...。
「ううん、違うの!!」
先生はあわてて首を振った。
「あのね、私服の酒井くん見たの初めてだったもんで...ちょっとびっくりしちゃったの。」
そういえばこの前会ったときは制服のままだったんだよな。
先生んちではスウェット借りたけど、あれも"俺の服"じゃなかったし。
でも...そんなにびっくりするような格好かなぁ...?
俺は着ているパーカーのスウェットにジーンズをまじまじと見つめた。

「あ、どうぞ、あがって。」
まゆ先生は玄関にスリッパを並べるとリビングに行こうとした。
が、俺が玄関先にぼーっと立ったまんまなのでUターンしてきた。
「どうしたの?」
自分から押しかけたとはいえ...やっぱこんな時間にひとり暮らしの女性の家に上がりこむのはまずいんじゃないか?
この前はある意味"特殊な状況"だったから上がらせてもらっておまけに泊めてもらったけど(しかも二晩も)...。
でも、今日はそうしようと思えば今すぐにでも家に帰ることができるのだ。
(もう親父に抜け出したのがばれていたらいろいろ面倒だが...)
それに、上がらなくても話はできるし...ってそういえば、俺、ここに来て"どうする"つもりなんだろう...?
そうだ!! 今からでも「やっぱり帰ります」って逃げちゃえば...あ、でも...

「酒井くん、大丈夫?」
まゆ先生に声をかけられて俺はふっと我に返った。
そして、なぜか目の前には先生の顔が!!
どうやら俺はいつのまにかうつむいて考え込んでいたらしく、まゆ先生が心配そうな顔でのぞきこんでいた。
「あ、だ、大丈夫です!!」
俺はあわてて先生から離れた。 顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
「ね、せっかくだからお茶でも飲んでいって。」
そう言うと先生は俺の手をとった。
どうやら俺の手はけっこう冷たくなっていたらしくまゆ先生の手の温かさにびっくりどっきりした。
「あ、でも...」
「それに、いつまでもこんなところにいたらまた風邪ひいちゃうよ♪」
先生はいたずらっぽく笑った。
それを言われるとつらいよなぁ...。
「はい、わかりました。」
あきらめた、というか度胸を決めた俺はまゆ先生に手を引かれてリビングへむかった。

「何飲む? コーヒーに紅茶に、緑茶もあるよ。」
リビングのソファに"座らされた"俺にまゆ先生がキッチンからうきうきと声をかけた。
「あ、じゃあ、コーヒーで...」
「りょ〜かい!!」
先生がキッチンでお湯を沸かしたりしている間、俺は改めてリビングを見回した。
ひょっとしたらうちの居間(というより茶の間)より広いかもしれない...。
こんな空間にひとりっきりって...やっぱりさびしくないか?
「酒井くん、ミルクとお砂糖は〜?」
「あ、い、いいです!!」
ちょっと離れているせいか(でもLDK)大きめの声でたずねる先生に(あ、でも元々先生の声はよく透るけど)俺はびくっとしてしまった。
俺はソファの上でひざをかかえると、キッチンで楽しそうにハミングしながらお茶をいれるまゆ先生の姿をぼーっとながめていた。

「はい、どうぞ。」
まゆ先生はガラステーブルの上にマグカップをふたつ置くと、深緑色のを俺に差し出した。
俺はマグカップを持つと、少し"ふーふー"と息を吹きかけて(猫舌なのだ)、琥珀色の液体を飲み込んだ。
どうやら俺は思ったより冷え切っていたらしくコーヒーの熱が身体中に広がっていくのを感じた。
「酒井くんって大人だよねぇ。」
突然の先生の発言に俺は頭を傾げた。
「...どうしてですか?」
まゆ先生の発言内容に俺はまったく納得がいかない。ていうかどこからそんな意見が出たんだ?
「先生ねぇ、コーヒーには絶対ミルクと砂糖入れないと飲めないの。それもいっぱい!! コーヒーをブラックで飲めるなんて酒井くんすごいねぇ...。」
そう言うと先生は自分のマグカップに入ったミルクティーをごくっと飲んだ。
なぜブラックコーヒーで"大人"扱いされるのか俺にはよくわからないが...(はっきり言って個人の好みの問題だろう)。
でも、真顔で「すごい」というまゆ先生がとてもほほえましくて、なんだか笑ってしまった。

「そういえば、なにか用があったんじゃないの?」
まゆ先生の言葉に俺はぎくっとした。
俺はまだ自分がなんで先生に会いたかったのか、会ってどうしたかったのかわかっていないのだった...。
「あの...」
俺は深緑色のマグカップを両手で抱え込んだまま止まってしまった。
なにか言わなきゃ...先生もこまってるぞ、きっと...。
頭の中で何度も「えーと」を繰り返し、やっと俺は口を開いた。

「あの、俺、ここで暮らしてもいいですか...?」

実は、その言葉にいちばん驚いていたのは俺かもしれない...。
今、俺、なんて言った...?
ていうか、なに、ばかなこと言ってるだよ、俺...。

まゆ先生の顔を見たら案の定驚いている様子だった。
でも、先生はちゃんと本気で俺の言葉を受け止めてくれているようだった。
「どうして?」
「え?」
「どうして、ここで暮らしたいの?」
てっきり「酒井くんたら冗談ばっかり〜!!」で済むと思っていた(というより"済ませようとしていた")俺は先生の質問に困ってしまった。
俺の方から「冗談ですよ〜」と終わらせることもできたはずだが、なぜか俺自身そうしたくなかった。
俺はほんとにこの家に、先生といっしょにいたいのか?
そうならば、まゆ先生の質問の答えも俺の中にあるはずなのだが...。
「え〜と...先生がひとりでは危なっかしすぎて放っておけないから。」
「うそ。」
俺が無理矢理頭の中から引っ張り出した"理由らしきもの"はまゆ先生にあっさり一蹴されてしまった。
(いや、たぶんこれも理由のひとつだと思うのだが...)
「本当の理由は?」
そう言っておれを見つめるまゆ先生はいつものふわふわした感じはなく、しっかりとした..."大人"の目つきをしていた(いや、大人なんだけどね、実際)。
「"本当の...理由"?」
そう口に出した途端、俺はその答えがわかってしまった。
それは俺がこの一週間ずっと胸の奥底に沈めていたもので...。

  マユ先生ガ好キダカラ

その言葉が頭に浮かんだとき、俺は思わず口を押さえた。
 
「酒井くん?」
俺の様子をおかしく感じたらしいまゆ先生が心配そうに声をかけた。

そんな訳がない...。
そんなことが許される訳がない...。
だって、俺は...俺は...

「俺は...人殺しなのに...。」

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

「最後のつぶやきは何!?」と思われた皆様...つづきはしばらくお待ち下さいm(__)m
(ていうかこんなところで終わっていいのか、綾部!?)
[綾部海 2003.12.10]

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