story for hisoka
ぼくときみ
後編


「そろそろ発表会に出てみない?」
おれと天が4年生になった頃、ピアノ教室の堀ノ内先生がそう言った。
毎年、他のピアノ教室と合同で市のホールで発表会が行われているのだが、極度に上がり症な上に自分のピアノに自信を持てない天は一度も参加せずにいた。
話は変わるが、おれは一緒に暮らし始めて2〜3ヶ月後に天が"内気"でなく"内弁慶"なことを知ったのだった。
今や天は家の中ではよく騒ぎよく笑いよく泣く、とても表情豊かな少年になっていた。(学校では相変わらずだったが...)
天の弾くピアノはそんな彼の本質をよく表していておれはとても好きだったので先生の意見に賛成だった。
そして、天は不承不承ながらも発表会の参加を承諾した。
しかし、おれはこの時、天のこの決定がおれの人生に大きな影響を及ぼすことになるとは夢にも思わなかったのだった...。

それから、天は家にいる時はほとんどピアノに向かっていると言ってもいいほど練習し、あっというまに発表会当日。
おれは客席から緊張しまくった天の演奏を聴いた。
さすがに家で弾くほどではなかったが途中つっかえなかったし(前は間違えると弾き直すクセがあったのだ)、まぁよかったんじゃないの?
そんな感想を用意し楽屋に向かおうとすると...。
「要くん!!」
客席を出たところで声をかけられた。おれと天のクラスメートの中川理沙だった。
「びっくりした。中川さんもピアノ習ってるの?」
「ううん。私じゃなくて友達が習ってて聴きに来たの。」
理沙はにこっと笑った。
「それよりも、こっちこそびっくりしたよ〜!!天くんが出てるんだもん!!」
実は天はピアノ教室に通っていることはクラスのみんなには内緒にしていた。(みんなの前で弾かされたりするのがいやだから)
唯一、6年生の手塚光希(初めて教室に行った時にレッスンしていた女の子)はこのことを知っていたがなぜか彼女も他の人には話していないようだったので"秘密"は守られていたのだが...。

「天くん、ピアノが上手いなんて知らなかった〜!!」
案の定、発表会の翌日、理沙から聞いた女子数名が待ち構えていた。
今でも必要以上にみんなとは接することのない天は向かってくる女子軍団(!?)に真っ青になりあわてておれの後ろに隠れた。
「要くんもなんで教えてくれなかったの〜!?」
「いや、その...」
女の子たちは今度はおれを攻撃し始めた。
「理沙だけ聴いたなんてずるい〜!! わたしも聴きたい!!」
それを聞いた理沙はうっとりとため息をついた。
「ほんとにきれいでかっこよかったよ〜、天くんのピアノ。」

......あれ? なんか今、変な感じ...。
なんでだろう...?
天がほめられたんだからおれだってうれしいはずなのに...。
なんで中川さんのこと、いやな感じがしたんだろう...。

おれがそんなことを考えながら立ちすくんでいると、異変を感じ取ったのか後ろにいた天がおれの服を引っぱった。
「要、どうかした?」
「ん、別に。」
ちょうどその時、担任の先生が教室に入って来たのでこの"騒動"はなんとかおさまった、と思っていたのだが...。

昼休み、クラス委員の集まりに出席していたおれが教室に戻ると天の姿がなかった。
5時間目は音楽なので音楽室に移動しなければならないが、こういう時、いつも天はおれが戻ってくるまで待ってるのに...。
「天、どこ行ったか知らない?」
「あ、天ならさっき中川たちが音楽室に引っぱってたよ。」
それを聞いたおれはあわてて教科書とソプラノリコーダーを抱えると音楽室へ急いだ。

音楽室へ向かう階段の途中で聞き覚えのあるピアノが流れ込んできたのでおれはさらに急いだ。
もうすぐ授業が始まる時刻だったので、クラスのほとんどがもう音楽室にいてその半数近くがピアノの周りに集まっていた。
「天くんすごい〜!!もっと弾いて!!」
女子にそう言われた天がまた弾き始めると周りは「おお〜!!」とどよめいた。

......いやだ!!

みんなに囲まれた天を見ておれは突き刺すような胸の痛みとともにそう思った。

いつも天の隣にいるのはおれなのに...!!

なぜそんな考えが頭をかすめたのか自分でもわからずおれはピアノから少し離れた場所で立ちつくしていた。
「あ、要...」
おれが来たのを見てほっとした顔の天と目が合うとおれは思わず音楽室の外へ駆け出した。
その時、ちょうど授業開始のチャイムが鳴り響いた。

なんで、おれ、逃げたんだ...?
胸の"ドキドキ"の苦しさに階段の踊り場で立ち止まり胸をおさえた。
おれ、いつも天に「みんなともっと仲良くするように」って言ってたじゃん...。
その通りになったのに...なんでこんなに見るのがつらいんだ...?
それに...そんなに走ってないのに、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう...?
おれは思わず持っていた教科書とリコーダーを胸にぎゅっと抱きしめた。
「要ちゃん...」
声のした方を向くと、天が階段を下りてくるところだった。
「要ちゃん、どうかした?」
「な、なんでもない!!とっとと音楽室行けよ、授業始まるだろ。」
「要ちゃんは?」
「お、おれは...わ、忘れ物したから取ってくる。」
おれは教科書とリコーダーを小脇にかかえ教室に向かって歩き出した、が...。
「待って!!」
天はおれに駆け寄ると、何も持っていない方の左手をぎゅっとつかんだ。

...!!

その時、おれは心臓をわしづかみにされたような感覚に襲われた。
そして...。

気がつけば、おれは天を胸に抱きしめていたのだ!!
(っておれ、何してるんだ〜!!! 教科書もリコーダーもぶちまけて...)

おれは身体全体が心臓なんじゃないかというくらい鼓動が全身に響き渡っていた。
おれも天もそのままの体勢でかたまっていたが、天にもこのドキドキが聞こえてしまうんじゃないかと思ったほどだった。

「要ちゃん?」
おれの胸の中で天がそう言うと、おれははっと我に返りあわてて天から離れた。
ほんとにおれ、何やってるんだ!?
おれは自分の顔が真っ赤になっているのを感じた。
とてもじゃないがこんな顔、天には見せられない!!
そう思ったおれは天に背を向けて早足で階段を下り出した、が...。
「要ちゃん...」
おれが"うっ"と立ち止まり振り向くと、踊り場の天は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ほら。」
おれが仕方がなく左手を差し出すと天はうれしそうに駆け寄り手を繋いだ。
そして、おれの"ドキドキ"は鳴り響いたままだった...(特に天が触っているあたりを中心に)。

どうしよう...なんか変な病気だったりして...。

その頃"そういうこと"に疎かったおれはそんな風に思ったりしたが、後で気づいてしまった。
"あれ"がある意味どんな病気よりも性質が悪いものだということに...。

そして、この日からおれの"苦悩の日々"が始まるのだけれどそれはまた別の機会に...。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

1001HITの「空に還る場所」葉散ひそか様からのリクエストは「Triの要くんが初めて天に対する想いを自覚した瞬間」(原文そのまま)でした。
さすが自ら"要派"を名乗ってくださるひそかさん、とても"通"なリクエストに綾部、力入りすぎてしまいました^^;(短編の予定だったのに...)
タイトルは前に「おかあさんといっしょ」でやってた曲(!!)から。最初の一文はその歌詞から拝借いたしました(この部分がぴったりだと思ったもので)。
ひそかさん、1001HIT&リクエストどうもありがとうございました!!(^^)
[綾部海 2004.1.14]


♪葉散ひそか様のみDLF♪

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