085.コンビニおにぎり
とりあえず何か食べよう

9月8日は県立北高校の王子様(笑)・宮島天の誕生日である。
しかし、その日、当の本人は朝から不機嫌だった。

「天くん、どうしたの?」
昼休みの中庭、前田雪野はひざの上にお弁当を広げた状態で隣にいる宮島要に小声でたずねた。
当の天はふたりをこっそり横目で見ながらコンビニの"手巻きおにぎり"をバリバリと(←海苔)たいらげていた。
要はそんな天をちらっと見るとこまったような顔で笑った。
「う〜ん、一応、原因はわかってるんだけどね...」
ぎろっ。
突然おにぎりを手にしたまま突き刺すような視線を向けてきた天に要は思わず言葉を切った。
「...ノーコメントで...」
"冷や汗たらり"という様子で要がそう言うと、天はまた黙々と食事を続けた。
そんなふたりをながめながら雪野は深々とため息をついた。

天のファンクラブ兼親衛隊(!?)である"天派"は一学期で解散したが、"恋する気持ちまで禁じられた訳ではない!!"とばかりに、朝からたくさんの女の子たちがプレゼントを手に天のクラスである14HRにおしかけていた。
しかし、天は"誕生日のた"や"プレゼントのプ"でも耳にすればぎろっとするどい視線を投げつけ、黙って顔を背けるかその場を去ってしまう。
そして、女の子たちはその"不機嫌オーラ"にたじたじとなり黙って退散するのだった。
(ただし、一部の女子は「あの視線がたまらない〜!!」と大よろこび...(汗))

雪野は元・天派の里美からその話を聞いてはいたが、実際の天の様子にびっくりしていた。
(まさかこれほどとは...)
要の言っていた"原因"も非常に気になるが、この状況では聞き出すことはできないし...。
雪野がそんなことを考えながらぽそぽそとお弁当を食べている間に、天はコンビニおにぎりをたいらげてしまった。
そして、指に残ったご飯粒をすべて口の中におさめると、ふたりに背中を向けて寝転がった。
「え!? 天くん、もう終わり!?」
いつもは雪野より大きなお弁当箱をぺろっと片づけ、それでも足りないと文句を言っているのに...。
驚いた雪野は思わず要に目をやったが、要はまたしもこまったような笑顔。
「あの、天くん、よかったら玉子焼き食べない?」
雪野は背中を向けたままの天に自分のお弁当箱を差し出した。
「いらね。」
天は向こうを向いたままそう答えるとそれきり黙ってしまった。
雪野と要はなんだか重い雰囲気の中、食事を続けた。

そして、昼休み終了のチャイムが鳴ると、天はひとりで教室に戻ってしまった。
「天くん、ほんとにどうしたの?」
要と並んで廊下を歩きながら、雪野はさっきと同じ質問をくり返した。
「ごはんもほとんど食べてないし...」
雪野の言葉に要は"う〜ん"と首を傾げた。
「とりあえず、理由についてはさっきと同じでノーコメント。で、食事はねぇ、"食べると胃がムカムカする"んだって。」
「え!?」
その言葉に雪野はびっくり顔になった。
「だ、大丈夫なの!? 病院とか...」
ひとりわたわたとしている雪野に要はくすっと笑った。
「あいつ、昔から悩み事とかあるとそうなるから。まぁ、今回はうまくいけば今日中になんとかなると思うけど...」
そこで要は雪野がぼー然としているのに気がついた。
「どうかした?」
「いや...あの...天くんって結構"繊細"だったんだね...」
要はその言葉に一瞬止まったがすぐにあふれだしたように笑い出した。
「いや〜...やっぱ、雪野ちゃんはいいねぇ...」
怒ったように顔を赤くした雪野に要は懸命に笑いをこらえながら言った。
「......」
雪野は"言うんじゃなかった"と思いながら口を閉じていた。
「ま、何にも食べない訳じゃないし大丈夫だと思うよ。」
やっと笑いがおさまった要はにっこりとそう言った。
雪野はちょっと心配そうな顔をしたが、すぐに笑顔になると持っていた紙袋を要に差し出した。
「何?」
「クッキー焼いてきたの。遅くなったけれど、要くんの誕生日の分もいっしょにと思って。ほんとはお昼の時に出そうかと思ってたんだけど...天くんが治ったらふたりで食べて。」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく。」
要はにっこりと紙袋を受け取った。

実は天の不機嫌の原因はアメリカにいる両親から連絡がないことだった。
天の父・陸は前にアメリカにいた頃は何ヶ月も前から天に手紙や電話やメールで"誕生日に何が欲しい"かきいてきて、当日に間に合うようにプレゼントを贈ってきたものだった。
再婚していっしょに暮らすようになってからも"一見遠まわしだが実はバレバレなリサーチ"をくり返し、当日は天もあえて"驚いた顔"をしてみせたりしていた。
それなのに...
今年はいつまでたってもなんの音沙汰もないのだ。
最初のうちは「病気かなにかでは...」と心配していたが、同じくアメリカにいる要の母親に問い合わせたところ、「元気にやってる(ただし、とても忙しそうだけど)」とのこと。
"息子よりも仕事の方が大事なのか!?"と憤慨する天を要もなんとかなだめていたが...
とうとう当日、天の怒りとストレスもピークに達していた。

そして、放課後。
委員会ですっかり遅くなった要は教室で待っている天を迎えに行った。
「天、帰るぞ。」
「ん...」
爆睡していたらしい天はぶすっとした顔で起き上がった。
どうやらいまだに連絡はないらしい。
天は目をこすりながら学生鞄を手にすると、とろとろと要の後をついて下駄箱に向かった。

「天、せっかくだからファミレスかどっかでお祝いしていこうか?」
「...コンビニおにぎりでいい...」

そして、ふたりは要の自転車に二人乗りで学校のそばの坂を下り、マンションのそばのコンビニに立ち寄った。
(ちなみに、天の自転車は4月に盗まれた←買ったばっかりだったのに...)
要は昼は焼肉弁当にしたが、夕食は天にあわせて自分もおにぎりオンリーにすることにした。
そして、"せっかくだから"とおかかやたらこのおにぎりといっしょに赤飯のおにぎりもカゴに入れたのだった。

そうして、おにぎり入りのコンビニ袋を手にしたふたりはいつものようにマンションのエントランスを通り、エレベーターに乗り、誰もいない部屋の玄関を開けた、が...
「あれ?」
家に入った途端飛び込んできたこのにおいは...
「カレー?」
玄関で靴をはいたまま要と天が顔を見合わせていると...
「おかえりなさ〜い♪」
エプロン姿の女性がにこやかに現れた。
「博子!?」
「博子さん!?」
それは天の義母・宮島博子であった。

「な、なんで博子がここに!?」
あわてふためく天に博子は満足気な顔をした。
「実は、今年の天くんの誕生日はふたりで突然帰ってびっくりさせよう、って陸さんと計画してたの。で、休み取るために仕事の調整がんばったんだからぁ!! でも、陸さんは結局仕事終わらせられなかったもんで、私ひとりで来ちゃったの♪ びっくりした?」
「...はい、とっても...」
あっけに取られた顔の要に博子はふふっと笑った。
道理でこちらからメールを送ってもなんの返事もない訳だ。(仕事が忙しい理由を聞かれたら"びっくり企画"のことまで話してしまいそうだから)
「あ、やだ、ふたりともいつまでもこんな所に突っ立ってないで!! 自分ちなのに何、遠慮してるの?」
「......」
不思議そうな顔でふたりの腕を引っ張る博子に、要と天はあえて何も言わずに靴を脱いで、リビングに向かった。

リビングには玄関よりもカレーのにおいが充満していた。
と、そこへ...
ぐうううううぅ
要が思わず隣に目をやると、天がびっくりした顔でお腹をおさえていた。
「あら、天くん、お腹すいてるみたいね。ちょっと早いけれどごはんにしようか?」
「あ、はい...」
(でも、天はカレーなんて食べられるのか...?)
...などと要が考えていると、博子はさらに笑顔で続けた。
「それじゃあ、準備しておくから、ふたりとも着替えてらっしゃい。」
そして、天が黙って自分の部屋に行ってしまったので、要も仕方がなく着替えに行った。

「いただきます。」
「はい、どうぞ。」
ボタンダウンのシャツとジーンズに着替えた要は向かいに座るパーカー姿の天をちらちらと見ながら、目の前のカレーを一口食べた。
(あ...)
要の口の中にカレーの"風味"と共になんだかなつかしさのようなものがふわっと広がった。
「どう、おいしい?」
要が口に入っていたカレーを飲み込むと博子が心配そうにたずねた。
「はい、とっても。」
にっこりと笑う要に博子はほっとした顔になった。
「よかった〜!! 遥さん(要の母)に特製レシピ教えていただいたんだけどちゃんとできてるか心配だったの。」
「あ、どうりで。」
("なつかしさ"の理由は母の味だったからか。)
そう思いながら要は新たに一口カレーをはこび、ふと向かいの天に目をやった。
天は"最初の一口"をスプーンごと口に入れた体勢でかたまっていた。
「天?」
要の声ではっと我に返った天はあわててスプーンを下ろすと、モグモグと口を動かした。
「あ、天くんは気に入らなかった?天くん、これがいちばん好きだって聞いたんだけど...」
博子はまた心配そうな顔で天をのぞきこんだが、天は何も言わずにもそもそとカレーを食べ続けた。
「...大丈夫、みたいですね。」
くすっと笑いながらそう言う要に博子は明るい笑顔になった。

「あ、そうだ。"これ"、私がもらっちゃってもいい?」
そう言って博子が手にしていたのは要がリビングに置き忘れていたコンビニ袋だった。
「どうぞどうぞ。今日の夕飯にしようかと思って買ってきたので。」
「わ〜、コンビニのおにぎりなんて久しぶり〜!!」
テーブルについた博子は楽しそうに袋からおにぎりをひとつずつ出していった。
「あ。」
ふと赤飯のおにぎりを手にした博子の動きが止まった。
「あ...そうだよね...」
「どうしたんですか?」
ひとりつぶやく博子に要は「?」と首を傾げた。
「だって、今日、天くんのお誕生日なんだからもっとちゃんとしたごちそうの方がよかったんじゃないかなぁ。」
「...いえ、これでよかったと思いますよ。」
笑いながらそう言う要の視線の先を博子もたどってみると...
ふたりの話などまったく耳に入っていない様子で一心不乱に(!?)カレーを食べる天の姿があった。
博子が思わずくすっと笑うと要も同じように笑った。

「博子、おかわり!!」
「は〜い♪」

結局、天はカレーを5杯(!!)たいらげ、雪野特製クッキーもほとんどひとりで片づけてしまった。
かくして、天の誕生日はなんとか無事に幕を下ろしたのだった。
(そして、翌日、腹痛が...)

―誰でもお腹がすけば不機嫌になる だから、とりあえず何か食べよう―

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遅くなりました!! "天の誕生日話"やっと登場ですm(_ _)m
(そして、お題は"おにぎり"なのに背景はカレー...^^;)
タイトルは槇原敬之さんの曲から♪(最後の一文は"歌詞に似ているけれど歌詞とは違う"ものです←ややこしい!!)
というわけで、天、お誕生日おめでとう!! こんな"生みの親"でごめんね!!(爆)
[綾部海 2004.9.17]

100 top / triangle top

Photo by Take Five