LOVELY×2


 まったくもって、計算外だった。
 そう、今考えたらあんなことやこんなことや。
 思い当たる節は色々あったはずじゃないか。
 なのにどうして、今日まで気づけなかったんだろう。
 今さら悔やんだって、もう遅い。
 計画どおり、あたしの予定は順調に進んでしまっているのだから。

 そしてあたしは、すでに家で下準備を済ませてある材料達を頭に浮かべ、青ざめながらも。
 もう一度、祈るように訊いた。


「アサギくん、甘いもの嫌いなのぉ!?」

「死ぬほど嫌い」


 あたしはがっくりうなだれた。

「? だったらなんだよ」
 全然分かっていないようで、アサギくんは机に頬杖をついたまま、怪訝そうにきゅっと眉をひそめていた。
 あたしもあたしで、ちょっとだけ眉をひそめて。
 ズイッと体を机に乗り出した。
「……じゃあいくつか質問、よろしいですか?」
「いいけど」
「甘いものって、どれくらいまでがだめ?」
 無駄なことだとは分かっているものの、甘さを控えれば、なんていう希望もまだある。
 だけどアサギくんは、はぁ? と答えて。
「どれくらいって、どこまでも」
「ど、どこまでもって?」
「とにかく甘いやつ全般」
「えっと……じゃあやっぱりチョコとかはだめ?」
「当然。吐くし」
「!!」
 あっさり撃沈。
 だけどあたしはまだめげない。
「あっ、けどほら、ビターチョコってあるでしょ? あれもだめ? 甘いどころか苦いし、あれならアサギくん食べれるんじゃない?」
「あ〜、昔一回食ったことあるけど」
 絶対無理。と、アサギくんは鼻を鳴らした。
「口の中でドロってするじゃん。あの舌触り嫌いだし、それにやっぱまずい」
 ……結局、撃沈。

 甘さどころか舌触りまでが嫌いだなんて、もう問題外なんじゃないか。
 アサギくんのための、手作りチョコレートケーキ。
 ずっと前から計画して、何度も何度も試作して。
 当日には、最高傑作をあげようと思ってたのに……。


「……おい、さっきから何だよ」
 すっかり落ち込んだあたしに対し、アサギくんが不思議そうにあたしの顔を覗きこんだ。
「チョコだのなんだの、何があるわけ?」
「へ?」
 ごく普通に、なんでもないように。
 すごく大切なこと、アサギくんは訊いてきた。
 驚いて、思わず口をぽかんと開けてしまう。
「? なあ、聞いてんのか?」
「あ、アサギくん……来週の月曜日、何の日か知ってるでしょ?」
「来週の月曜?」
 体を起こして、アサギくんは瞬きをする。
 そしてちょっと考えるような顔をして、携帯を取り出し、カレンダーを開いて。
 その日を確認。
「来週の月曜は、2月14日。……って何の日?」
 !?
 ガタンッと思いっきりイスを引いて立ち上がる。
 信じられなくて、アサギくんを思いっきり凝視した。
「あああアサギくんっ!?」
「は?」
「嘘でしょ!?」
「何が。あ、おまえ誕生日だっけ?」
「違うよ!」
 まさか、まさか。
 アサギくんは、あたしの彼氏は。
 あたしという彼女がいながら、なおもこの特別な日を知らないと言いますか!?
「ひ、ひどいよアサギく〜ん!」
「何がだよ。意味わかんねえ」
「もーいいっ、アサギくんのばかぁ!!」
「はぁっ? おい、ちょっと待……」
 アサギくんに止められるより先、あたしは鞄を抱えて教室を飛び出した。


 そりゃあ、アサギくんは。
 いつだってイベントや記念日なんかには、まったく興味のない人だったし。
 あたし達、ただ一緒にいるだけで恋人らしいところは全然ないけど。
 でも、2月14日──バレンタインデーくらい、覚えていてくれたっていいのになぁ。


 アサギくんは、甘いものが嫌い。
 それは何となく、気づいてはいたんだ。
 食べ物のことじゃなくて、ムードとか、性格とか。
 本人が言ったわけじゃないけど、きっとアサギくんは“甘い”ものが全部嫌い。
 ベタベタするのが大嫌いだし、甘えてくる子供も嫌いだと言っていた。
 当然、好きの一言だって言ってくれたことはなくて。
 気分屋さんだから、その日の機嫌によってはウザがられることだってある。
 優しくしてくれることなんて、もちろん滅多にない。
 友達からすると、どうしてアサギくんと付き合えるのかが不思議らしいけど。
 そんなアサギくんが、あたしは大好き。
 だけど、たまにちょっとだけ、不安になるんだ。

 アサギくんはあたしのこと、本当はどう思っているんだろう……。


 家について、台所に向かう。
 流し台に置かれたままの、料理道具と具材。
 そして、チョコレート。
 大きな板チョコをつかみ、紙を破って一口かじる。
 甘いのが好きなあたしがはっきりと分かる程、しっとりとした甘さだ。
 こんなのを作ったら、アサギくんは絶対に食べてくれない。
 それできっとアサギくんは、眉をしかめてこう言うんだ。
 こんなもん食えるかよ、ばか、って。

 …………ッ。
 あたしは、アサギくんに何もできないのかなぁ。

 いっぱいいっぱい、好きだと言っても、アサギくんは答えてくれない。
 どんなに尽くそうとしたって、嫌がられるばっかりで。
 あたしは何のための、アサギくんの彼女なんだろう。
 こんなあたし、アサギくんにはいらないんじゃないんだろうか。

 ……だけど、それでも。

 やっぱりアサギくんに会いたいと思ってしまう自分が情けなくて、少しだけ泣いてしまった。


 月曜日、2月14日。
 昇降口についたとき、下駄箱にチョコレートを入れていた女の子とすれ違った。
 すごく幸せそうな顔をしていて、なんだかこっちまで恥ずかしくなるくらい、真っ赤な顔してた。
 なんだか、ちょっとかわいいなって思っちゃった。
 あたしが下駄箱に入れたところで、アサギくんは怒るだけだろうし。

 無意識に、そっと鞄に手を添える。
 なんとなく、中の温度を感じる気がした。
 ……受け取ってくれるだろうか。

 教室に入り、習慣のように教室の一番端に目を向けた。
 あっ。アサギくん、もう来てる。
 ちょっと心臓が高鳴ったけど、キュッと唇をかんでアサギくんの元へ走っていった。
 けど、すぐに。
「あ、ねえねえチョコ持ってきた!?」
「へっ?」
 ガツッと腕をつかまれ、見あげた先には満面の笑みの友達がいて。
 友チョコ。女の子同士でチョコ交換をする約束をしていたんだ。
「あ、う、うん。持ってきたよ。はい」
 差し出してきた友達の手に、ポトリと小さな透明の袋に入れたソレを落とす。
 甘い甘いチョコレートケーキ。アサギくんの、大嫌いな。
 友達は、にっこりと幸せそうに微笑んでくれた。
「やったぁ! あんたって料理上手だもんね! わぁ、おいしそう〜」
「いえいえ。それほどでも」
「あーっ! ねえ、あたしにも頂戴!!」
「いいなぁ、私も!」
 えっ。
「う、うん、いいけど……」
 わいわいと女の子が集まってきた。多分、クラスの女子のほとんど。ちょっとだけ男子も混じってたり。
 たくさん作ってきたから、足りると思うけど。
 みんなに一つずつチョコを渡しながら、ちらりとアサギくんを見る。
 アサギくん、こっちを見てくれない。
「ご、ごめんっ、ちょっと通して!」
 全員に配り終えた後、みんなを押しのけてアサギくんの前に飛び出す。
 そこでようやく、アサギくんがゆっくりと視線を上げた。
 鋭い目つき。なんだか怒ってるような。
「あ、アサギくん、おはよう」
「…………」
「アサギくん、この前はごめんね。いきなり帰っちゃって。でもね今日、アサギくんにチョコレート……」
 と、言いかけて。
 その瞬間、アサギくんは立ち上がった。
 あたしの顔、ちっとも見ないで。何事もないように、席を立った。
 そしてすれ違い様、一言。

「いらない」

 ────え?


 一瞬、途方に暮れた。
 だけど唖然としたのはあたしだけじゃなくて、あたし達のやり取りを見ていたクラスの子もそうみたいで。
 アサギくんが教室を出ていった後、ようやくみんなが動き出した。
「え、嘘。なに今の」
「確か2人って付き合ってるんだよね。なのに何、あの態度?」
「アサギ、ひどすぎじゃねーか?」
 ざわざわした、教室。
 あたしの手には、1つのチョコレートケーキ。


 あたしはアサギくんの、一体何なんだろう。

 〜〜〜〜ッ。

「アサギくんッッ!!!」
 鞄を担いだまま、アサギくんを追い駆けた。


「アサギくん! ねえ、アサギくんってば!」
「…………」
 階段を降りていくアサギくん。
 きっとあたしの声は聞こえている。だから、わざと無視しているんだ。
 それでもあたしは追い駆けながら、アサギくんを呼び続けた。
「アサギくん、ねえ、待ってよ!」
「……うっせーな。ついてくんな!」
「だったら止まってよ! アサギくん!」
「うるせえ!」
「ねえ、どうしたの!? アサギくんってば!」
 どんなに呼んでも、アサギくんは止まってくれなくて。
 アサギくんは怒っている。
 どうして? あたし、何かしたっけ?
 いやだよ、アサギくん。
 あたし、アサギくんに嫌われたくないんだ。

 少しだけ涙腺が緩んだ、その瞬間。
 ガクンッと足が絡まった。
「っきゃあ!」
「!!」
 階段から転げ落ちてしまった。
 といっても2、3段くらいだったから、もちろん怪我なんかしていなかったんだけど。
 その拍子に、持っていたチョコレートケーキが転がって。

 グシャリ。

 目の前で、ぺちゃんこになった。
 踏んでしまった一般の生徒は、すいません、とだけ言って、慌てて階段を駆け上って行く。
 残されたのは、あたしと無残なチョコレートケーキと。

「琉加ッ!」

 アサギくんだった。
 ゆっくり顔を上げると、アサギくんの視線はあたしではなく、潰れてしまった黒い塊を見ていて。
 驚いたように、目を丸くさせている。
「これ……」
「……あはは、つぶれちゃった」
 アサギくんはあたしの前にしゃがみこんで、そっとケーキの袋を手に取った。
「……あのね、アサギくん。今日、バレンタインっていう日なんだよ」
「…………」
「バレンタインって、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なの。だからあたし、本当はアサギくんにチョコレートをあげようと思ってたんだけど……アサギくんはチョコレートが嫌いなんだよね」
 ぽろぽろと、目から涙が零れ落ちる。
 何度も何度も袖でぬぐうけど、間に合わなくて。ついにはひざにも雫が落ちた。
「……あたし、アサギくんが好きなの」
「…………」
「すごくすごく大好きだから、チョコレートあげたかったの……ごめんね、ダメな彼女だね、あたし」
「……俺は……」
 小さく、アサギくんが呟いた。
 だけどその言葉がうまいこと聞き取れなくて、じっとアサギくんを見つめていたら。
 不意にアサギくんが、手の平に載せていたチョコレートケーキの袋を開いた。
 えっ?
 一瞬。その一瞬で、ケーキは消えた。
 代わりにもぐもぐと動くアサギくんの口。
 !?
「あ、アサギく……ちょっとっ!?」
「むぐ……ッ」
「アサギくん! それ落ちたやつだよ!? だめだよ!!」
 そう慌てたけど、すでにアサギくんは食べてしまって。
 ごくんと飲み込んだ後、明らかに苦しそうな顔をしたけど。
 それでもゆっくり、アサギくんは笑った。
「うまい」
 ────!!
「で、でもアサギくん、甘いのは嫌いなんじゃ……」
「ああ。でも、うまかった」
 絶対に嘘。
 だってアサギくん、今にも吐きそうな顔をしてる。
 咳だって我慢しているみたいだし、多分今、すごく辛いはず。
 甘いものが苦手なんだもん。それなのに、こんな甘いの食べちゃって平気なわけない。
 なのにアサギくんは。
 うまい、って、言ってくれた。
 ……アサギくん、なんで?
「……あと、あの、俺も、だからな」
「え?」
「だから、俺も、だから」
 ??
 分からなくて、首をひねる。
 するとアサギくんはちょっといらだったように眉をひそめて。
 あたしのおでこを、拳で軽くついた。
「だからぁ、俺も、なの!」
「お、俺も……??」
「俺も……えーっと、なんつーか……」

 俺もおまえに、チョコレートをあげたい……ってこと。

 っ。
「あ、アサギくん、それは女の子の役目だよ?」
「! う、うっせえな、知ってるよ! おまえの分かりやすいように言ったんだろ!!」
 アサギくんは耳まで真っ赤になってしまった。
 きっとこれは、アサギくんにとって一世一代の名台詞。
 照れ屋さんのアサギくんの、これ以上とない精一杯なんだろうか。
 そして、それを言ってもらえたあたしは。
 今、世界で一番幸せな女。
 嬉しくて、泣きながらも微笑んでしまった。
「あたしも毎日、アサギくんに特大チョコレートをあげたいな」
「……あっそ」

 全然優しくないけど。
 気分屋で、怒りんぼの照れ屋さんだけど。
 それでもアサギくんは、アサギくんなりにちゃんとあたしを見ていてくれる。

 だからあたしは大好きなんだ、アサギくんのこと。


「……あ゛ー……」
「! アサギくん、大丈夫?」
「うぐ……平気だよ」
 そういいつつ、アサギくんは首元を押さえて眉をひそめている。
「ちょっと胸焼けしただけ。全然食ったことねーから……」
「あっ、ちょっと待って。じゃあこれ、口直しに!」
 ガサガサと、抱えてきた鞄をあさる。
 不思議そうにアサギくんが鞄の中を覗きこんできて。
「!」
 大きめの袋を取り出す。
 チョコケーキと同じ、透明の包装で。
「な、なに……これ」
「アサギくんへのバレンタインプレゼント!」
「はぁ!?」
 両手で抱えて、その袋をアサギくんに渡そうとする。
 だけどアサギくんはまったく身動きしないまま、口をぽかんとあけちゃって。
 ?
「どうしたの?」
「お、おまえ……じゃあ今、俺が食ったのは??」
「え? クラスの子にあげる分だけど」
「!!」
「アサギくんはチョコが嫌いだから、ちゃんと特別なのを用意したの。ほら、専門のお店に行って作ってもらったんだよ、特製のバレンタインおせんべい!」
 得意げに、にっこりと笑ってみせる。

 そう。アサギくんは甘いものが嫌いだから。
 チョコレートは断念して、その代わりにおせんべい屋に行って特注したんだ。
 自分の手作りじゃないのはすごく残念だけど、お店の人に入れてもらった、真ん中に「I LOVE YOU」の文字。
 これならきっと、アサギくんにだって食べられるはず。
 我ながら、なかなか機転が利いたと思う。

 だけどアサギくんは、何だかひどくげんなりとした様子で。
「アサギくん、これなら食べられるよね? お店の人に頼んで、辛口しょうゆにしてもらったから」
「お、おまえなぁ、だったら先に……」
「?」
 その続きが、聞こえなかったけど。
 代わりにアサギくんは、とっても大きなため息を吐いた。
 そして。
「あーもぉ、かっこ悪ぃなッ!!」
「へっ?」
「せんべい、早くよこせ!」
 バシッとおせんべいを奪い取られ、アサギくんは鼻を鳴らした。
 そしてクルッと背を向けて、ずかずかと歩きだす。
「あ、待ってよアサギくんっ」
「うっせえ! ったく、こんなのがあるならチョコ食わなくても良かったんじゃねーか……」
 歩みを止めないままぶつぶつと、独り言で文句を言うアサギくん。
 その姿がおかしくて、アサギくんの背中を追いながらちょっと笑う。



「アサギくん、ありがとう。大好きだよ」
「……あっそ」

Copyright (C) 2005 Aki Ninomiya All rights reserved.

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「大きく背伸び。」の二宮秋季さんからかわいいバレンタインのお話をいただきました(^▽^)
(というか、バレンタインもとっくに過ぎていたのにDLFなのをいいことに強奪!!^^;)
素直でひたむきな琉加ちゃんと照れ屋でぶっきらぼうだけどほんとは"琉加ちゃんにベタ惚れ"(二宮さん談/笑)な
アサギくんに読みながら思わず笑みがこぼれてしまいました(^^)
そして、「初々しくていいねぇ」などと思ったり...(←おばさんくさい?)
二宮さんどうもありがとうございましたm(_ _)m
[綾部海 2005.2.24]
love top

Photo by |創天|