マジカル恋のパワー


「いらっしゃいませ。」
"ポケット"は大学から歩いて5分くらいのところにある喫茶店で、コーヒーとケーキがおいしい上になんだか居心地がよくて学生たちの溜まり場となっていた。
「あ、香取さん、いらっしゃい。」
「こんにちは、森田くん。」
ここの店員の森田周(しゅう)くんは店長の弟で私と同じ年。
今年の春にうちの大学の付属高校を卒業してから、彫金の勉強をしながら、他の会社の経営で忙しい店長に代わってこのお店をまかされている(すごい!!)。そして...
「今日はほたるはいっしょじゃないの?」
ほたるの高校の同級生で、元・彼氏。
「あ、今日はちょっと...」
一瞬、昨夜のことを口にしてしまいそうになったけれど、よけいなことを言って心配かけない方がいいだろうと思い、私は一度口を閉じてなんとか笑顔を浮かべた。
「昨夜遅くまで私のうちでおしゃべりしてたもんで...」
「あぁ、あいつ、電話とかでもいつまでもしゃべってるからなぁ。」
そう言いながらやわらかく微笑む彼の顔に私の胸はちくっと痛んだ。
ほたるは「つきあったのはほんの数週間だし、今は"いい友達"」と言っているけれど、森田くんはまだほたるのことが好きなんじゃないのかな...。
別に根拠はないんだけどね...。
「"マスター"、レジお願いしま〜す!!」
「あ、は〜い!! それじゃあ、香取さん、ゆっくりしてってね。」
あわててレジに向かう森田くんは私はなんとなく名残惜しく感じながら見送った。
...ってこんなことしてる場合じゃなかった!!
私はお店の中をぐるっと見回して、店の奥に"目当ての集団"を見つけるとそちらへ足を向けた。

「よお、瑞穂。」
お店の隅のボックス席で数人の"子分"と馬鹿笑いしていた赤武は私の姿を見つけると軽く手を挙げた。
「今日はほたるといっしょじゃないのか?」
そう言ってニヤニヤと笑う赤武と子分たちに私は浅野さんの言葉を思い出していた。
そして、私は無言のままボックス席に近づくと、赤武の前にあった水の入ったグラスを手に取り...。

バシャッ!!

びしょぬれになった赤武は"何が起こったのかわからない"という表情で、それは周りにいた"子分たち"も同様だった。
私はからになったグラスを手にしたまま赤武をじろっとにらんだ。
「な、なにしやがんだ...!!」
まだいまいち覚醒しきれていない様子の赤武は私をにらみ返すとそう言った。
「それはこっちのセリフよ!! いくらほたるにフラれたからってあんなでまかせ言うなんてあんた、何考えてんの!? ほんと最低!! 子供じゃないんだから好きな相手のしあわせ見守るくらいしたらどう!?」
一気にまくしたてた私に赤武は一瞬ぽかんとした顔をしていた。
しかし、すぐに我に返ると勢いよく立ち上がった。
私は赤武がつかみかかってくるのがわかっていたが一気にしゃべって息が上がっていて動けずにいた。
その時。

「お客様大丈夫ですか〜!?」
「あら、大変!! すぐにお拭きしないと!!」
「ほら、お座りになって!!」

突然現れたお店の従業員のお姉さん3人が赤武を無理矢理座らせると、3人がかりでタオルでごしごしと拭き始めた。
そして、その光景にあっけにとられていた私の腕を誰かが引っぱった。
「早く、こっちに。」
森田くんは小声でそうつぶやくと私を連れて"関係者以外立ち入り禁止"と書かれたドアを通り...おそらくお店の奥の奥のちょっと薄暗い倉庫のような部屋にやってきた。かすかにコーヒー豆のにおいがした。
「しばらくここに隠れてて。あとはこっちがなんとかするから。」
森田くんはそう言うとお店に戻っていった。
私は張りつめていた緊張の糸がぷちっと切れ、どさっと床の上に座り込んでしまった。
"こっち"には他に誰もいないのか物音ひとつしなかったけれど、お店の方からはドタバタと騒がしい音が聞こえていた。
...きっと、赤武たちが私のこと探してるんだろうなぁ...。
ほんとは私が自分でしたことなんだから、私ひとりでなんとかしないといけないのに...森田くんにもお店にもこんなに迷惑かけちゃって...。
思わずにじんできた涙をかくすように、私はかかえたひざに顔をうずめた。
そして、ほっとしたのと昨夜の寝不足が相まって、いつのまにか私はねむってしまった。
おまけに、こんな状況にもかかわらず、のんきに夢を見たりしていた。



あれはほたるに連れられて初めて"ポケット"に来た日のこと。
おいしいケーキと紅茶を堪能して帰る時、レジのそばにならべられたアクセサリーが私の目をひいた。
(なんでも、店長のお友達が彫金の先生をやっていて、その人や生徒たちの作品をここで売らせてもらっている、ということだった。)
その中でも特に私が気になったのはとあるペンダント。
銀色の涙のしずくのようなペンダントトップがきゃしゃなシルバーチェーンにちょこんと寄りそっていた。
「あれ、瑞穂、それ買うの?」
「うん、なんだか気に入っちゃった♪...でも、これ、値段ついてないね...」
ほかの商品にはちっちゃな値札がついているのにこのペンダントはどこにも見当たらなかった。
「あ、周。このペンダントいくら?」
ちょうど通りかかった森田くんはほたるの言葉に急に表情をかたくした。
「あ、これ...」
「瑞穂が気に入っちゃったんだって。ね?」
「うん...」
「それ、俺が作ったんだ...」
「え!?」
私とほたるはふたりでびっくり顔になった。
その日、私は初めてほたるに森田くんを紹介してもらったんだけど、"喫茶店でお兄さんを手伝っている"としか聞いていなかったので彼が彫金をやっていることにまず驚いてしまった。
さらに、こう言ったら失礼だけど、なんだか無愛想でぶっきらぼうな印象だった森田くんが、こんなに繊細でかわいらしいものを作るとは信じられなかったのだ。
「でも、周、"まだお店に出すほどのものは作れない"って言ってなかったっけ!?」
「...この前、やっと先生のOKが出たんだけど...なんとなく言えなくて...」
そう言っててれている森田くんはさっきまでの"ウェイターの顔"とはなんだか違っていて、私はくすっと笑ってしまった。
「これ、私、買います。おいくらですか?」
にっこり笑う私に、今度は森田くんがびっくり顔になった。
「あ、いいですよ!! タダで!!」
「でも、これって売り物なんですよね? やっぱりちゃんとお金払わないと!!」
「...それじゃあ、100円...」
「だめですよ、そんな値段じゃあ!!」
「...じゃあ、500円...」
私は財布から500円玉を取り出すと森田くんに差し出した。
そして、森田くんは受け取った500円玉をぎゅっと握ると私に顔を向けた。
「ありがとう。」
そう言って笑った森田くんの顔は...あたたかくてやさしくて...私は一瞬見とれてしまった。
そして、その瞬間から私の心の中から森田くんのことが離れなくなってしまったのだった。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

"前後編"の予定でしたが後編が前編の倍以上(!!)になってしまったので3つに分けました^^;
引き続き"3"をお楽しみ下さいm(_ _)m
[綾部海 2004.12.4]

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