マジカル恋のパワー


「それじゃあ、"マスター"、お先に失礼しま〜す。」
「お疲れ様。」

遠くにそんな会話を聞きながら私は目を開けたが...目の前は真っ暗だった。
「あれ...」
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったが、すぐに"ポケット"の倉庫にいることを思い出した。
私はねむった時と同じ"体育座り"の状態だったが、私の肩から足にかけて毛布がかかっていた。
私は毛布を手に立ち上がると、ゆっくりと倉庫を後にした。

「あ、起きた?」
私が"関係者以外立ち入り禁止"のドアを開けると、お店の中には森田くんひとりだけだった。
「ちょうどそろそろ起こそうと思ってたんだ。」
「...ってあの、お店は...?」
「あぁ、さっき閉めたところ。」
え?...ってこのお店ってたしか9時閉店じゃなかったっけ...?
ということは、私、9時間近くも寝ていたの!?
開け放したドアのところで私がパニック状態になっていると、森田くんがくすっと笑った。
「まぁ、そんなところに立ちっぱなしもなんだから...。なにか飲む?」
私がこくこくうなづくと、森田くんはカウンターに座るように手で合図した。
森田くんのちょうど向かいの席に座った私は彼がお茶を淹れるところを観察していた。
鍋で煮出して手早くカップに移されたのは私が大好きなロイヤルミルクティーだった。
「はい。」
カップが目の前に置かれると私はアツアツの紅茶を息をふきかけながらちびちびと飲んだ。
「ほんとはおなかすいてると思うけど、ほたるが香取さんちでごちそう作って待ってるって言ってたから。」
「え!?ほたる、来たの!?」
「夕方くらいかな。"香取さんがどこにもいないし、携帯にも出ない"ってパニくってたよ。」
そう言ってくすくす笑う森田くんに私は顔が赤くなった...携帯にも気づかないほど爆睡してたんだ、私...(恥)
「で、一応、うちで"かくまってる"って言っておいたから。片づけ終わったら送ってくからもうちょっと待ってて。」
「え、あ、そんな!! ひとりで帰るから...」
「だめ。ほたるに約束させられたから。大丈夫だとは思うけれど、"あいつら"が待ち伏せとかしてるとまずいし。」
森田くんの言葉に"昼間の騒動"が頭に浮かんだ私は思わずうなだれてしまった。
「...ごめんなさい。」
「え?」
「お店、めちゃくちゃにしちゃって...」
「そんな、気にしなくていいよ。誰も香取さんのこと怒ってないし。」
「え、でも...」
私が顔を上げると、森田くんはにっこり笑った。
「ほたるから聞いた。香取さんがどうして"ああいうこと"したかってこと。ほたる、ここに来る前に"あの人"に会ってほっぺたひっぱたいてやったんだって(笑)」
"ほたるが赤武をひっぱたく図"を想像して私はぷっと吹き出してしまった。
「まぁ、これでもうよけいなことしなくなるんじゃないかな。ほたるは怒るとほんとに!!怖いからなぁ。」
そう言ってくすくすと笑う森田くんのあたたかくやさしい顔。 ほたるのことを語る時の顔...。
その顔を見ていたら急に胸がちくっとした。そして...。
「香取さん!?」
森田くんの驚いた顔に私はあわてて涙を止めようとした。
でも、どうしても止まらなくて、涙はあふれる一方で、私はぎゅっと目をつぶった。
ふいに頬になにかが触れたので思わず目を開けると、それは森田くんの差し出した青いハンカチだった。
「...ありがとう。」
私はハンカチを受け取ると頬をぬぐったが、涙はまだまだあふれていってさらにハンカチをにじませていった。
最初は森田くんのことで泣いていたはずなのに、いつのまにか昼間の赤武がほんとはこわかったこととか、昨夜ほたるといっしょに泣いたこととか思い出してきて、ほんとに止まらなくなってしまった。
すると、ハンカチで目を押さえて泣いている私の頭を森田くんの手が軽くふれた。
そして、その手は"いいこいいこ"をするようにずっと私の頭をなでていてくれた。


「あ〜すっきりした!!」
やっと涙の止まった私は本当に晴れ晴れとした顔で笑った。
そんな私に森田くんはくすっと笑った。
ふと壁にかかった時計に目をやるともう10時近く。
「あ、もうこんな時間!! ごめんなさい、片づけのジャマしちゃって!!」
「でも、もう洗いものがちょこっとだけだから。」
「あ、私、手伝う!!」
私はそう言って立ち上がると、カウンターの向こう側にまわった。
「あれ?」
ふと、足元になにかキラッと光るものを見つけた私はかがんで拾った。
それは小さな"チャック"つきのビニール袋に入ったシルバーの指輪だった。
なんの飾りもついていないシンプルなデザインでちっちゃな青い透明感のある石がちょこっと埋め込んであった。
「森田くん、これ...」
「え!?」
私の手にしたものを見た森田くんは急にあせった顔でズボンやエプロンのポケットに手を突っ込んだり出したりしていた。
「これ、ここに落ちてたの。森田くんのでしょ?」
「あ、うん...」
私はビニール入り指輪を森田くんに手渡したが、なぜか彼はまだ落ち着かない様子。
「そういうシンプルなの、私好きだなぁ。サイズが合ったら買っちゃおうかな♪」
てっきり森田くんの"新商品"だと思った私がそう言ったんだけど...
「これ、香取さんの...」
え!?
森田くんの言葉に私は心臓が飛び跳ねたような気がした。
「...それって...どういう...」
「香取さんに着けてほしいと思って作ったんだ、これ。」
その言葉に私の"ドキドキ"がさらに速さを増した。
...ってちがうよね、そんなわけないよ...これはきっと私が森田くんの作品が好きだからまた買ってもらおう、とかそんなつもりで...。
私は耳に自分のドキドキを感じながらうつむいたままかたまっていた。
森田くんがこちらをじっと見ているような気がして顔が上げられなかった。
そして、森田くんがふうっとため息をついた。
「ごめん。こんな言い方ずるいよな。」
え?
森田くんの言葉に「?」となり顔を上げた私はばっちり目が合ってしまった。
とても真剣な顔の森田くんに私は目をそらすことができず、ぎゅっとくちびるをかんだ。

「俺、香取さんが好きだ。」

その言葉に私の心臓はまた跳ね上がった。でも...
「うそ...」
「え!?」
「森田くんはほたるのことが好きなんでしょ!?」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
私が"森田くんがほたるを好きだと思った理由"を話すと、森田くんは深々とため息をついた。
「あのな..."その時"、俺は誰と話してた?」
森田くんは私の両肩に手をやるとそう言った。
「...私?」
私は首を傾げながらおそるおそる自分を指差した。
「そう。俺が"そういう顔"をしていたのはほたるのことを話していたからじゃなくて、...み、"瑞穂"と話してたからで...」
"瑞穂"という言葉に私の心臓がまたもや飛び跳ねたと同時に、森田くんはがばっと顔をふせたがこげ茶色の髪の毛からのぞく耳が真っ赤になっていた。
「わかった?」
「う、うん...」
半分だけ上げた森田くんの顔はさっきよりもとても近くにあって...私の顔も赤くなっていった。
「それで、できたら、今、返事がほしいんだけど...。」
鼻が、おでこがぶつかるんじゃないかというくらいの距離でささやくようにそう言われ、私のドキドキは頭の中でも大音量に鳴り響いていた。

「...わ、私も、好き...」

言いながら、私の目からまた涙があふれてきた(さっきあんなに泣いたのに!!)。

「ありがとう。」

森田くんの、周くんのあたたかいやさしい笑顔。 今度はちゃんと自分に向けられているってわかった。
そして、私もにっこりと笑うと、周くんにぎゅっと抱きしめられた。

「で、ここで"これ"の出番だったんだよなぁ。」
食器棚にもたれかかった周くんに後ろからすっぽり"包まれた"状態の私は、彼がビニール袋からさっきの指輪を取り出すのをながめていた。
「この石、なにか知ってる?」
指輪の小さな石がはまっているあたりを向けられた私は「?」と首を傾げた。
「ブルートパーズ。11月の誕生石だよ。」
「え!?」
...ていうか、私、自分の誕生石も知らなかったとは...。
「"シトリン"ていう黄色い石も11月の誕生石なんだけどこっちの方が似合うと思って...み、"瑞穂"に...」
周くん、"瑞穂"って言う時に妙に身構えるもんで、聞いてるこっちもなんだか緊張してきちゃう(笑)
それにしても、両想いになっただけでも夢のようなのに、さらに"初めての彼氏からのプレゼント"がこんなすごいものなんて...やっぱり夢じゃない、これ?(爆)
そして、周くんは私の左手を取ると中指に入れようとした、が...。
「あれ?」
指輪は中指の真ん中あたりで止まってしまいどう見てもその先に進みそうになかった。
「おかしいなぁ、ちゃんとほたるにサイズ確認してもらったのに...」
周くんは首を傾げながら途中で止まった指輪をじっと見ていた。
それにしても、ほたるったらいつのまに...あれ? そういえば...
私は指輪を中指からはずすと"となりの指"に通してみた。
「...ぴったり。」
「だね。」
周くんと私は左手の薬指のつけねにしっかりおさまった指輪をながめていた。
「だって、ほたる、私の薬指のサイズしかチェックしてなかったもん。」
前にいっしょにデパートのアクセサリーコーナーで指輪をはめて遊んで(!?)いたことがあったんだけど、こういうわけだったとは...。
「え!? あいつ、俺には中指のサイズだって言ってたくせに...確信犯か...」
子供のようにくやしがる周くんに私はくすくすと笑ってしまった。
「ま、いいか。どうせ作るつもりだったし。」
え!?
私は周くんのその言葉や"ぎゅっ"としてきた腕にまたドキドキしまくっていたが、そっと彼の腕に手をそえると、そのドキドキがあたたかいやさしい気持ちに変わっていった。

こうして、私の19回目の誕生日は幕を閉じたのだった。


―"ドキドキ"も素敵なリズムに変えてしまう 不思議な不思議な恋の魔法―


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

というわけで、「マジカル恋のパワー」やっと完結です!!(11月中に終わらせられなかったのが無念...)
タイトルはRAG FAIRの曲から♪(この"3"を書いている時は"1曲リピート"で流しながら瑞穂といっしょにドキドキしてました/笑)
書いているうちに"森田くんバージョン"も浮かんできましたのでいずれまた...。
[綾部海 2004.12.4]

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