044.バレンタイン
My Funny Valentine
3

「わたし、一年の一学期に風紀委員になったんです。それで、5月に"校門検査"の当番がまわってきて...」
ちなみに、"校門検査"というのはいわゆる"服装検査"のことで、毎月一回生活指導の先生たちと風紀委員の当番が正門のところに立ち服装違反の生徒から生徒手帳を没収するというものだ。
(さらにちなみに、没収された生徒は"鬼"と呼ばれる生活指導主任の先生の長〜いお説教の後にやっと手帳を返してもらえるのだ。)
そういえば、俺も去年の一学期、風紀委員だっだなぁ...あれ?
「注意された三年の女の人が『違反じゃない!!』って先生ともめ始めて、ほかの先生とか委員の人もそっちにかかりっきりになっちゃったんです。わたしもちょっと離れたところからその騒ぎを見ていたんですけど、ちょうどその横を校章をつけてない男の人たちが通り過ぎようとして...」
あれれ?...なんだかその話、聞いたことが...ていうより"見た"ことがあるような...。
「わたし、思い切ってそのふたりに声を掛けたんです。でも、その人たち2年生で、『上級生に注意するのか』って相手にしてくれなくて...」
思い出した!!
「その時、当番だった酒井先パイが来てくれてその人たちを説得してくれたんです。」
そうだ。俺も最初は3年の女の先輩がなかば髪振り乱しながら(!!)先生に抗議してるの「すげ〜」って思いながら見てたんだ。
で、何気に横見たら1年生の風紀委員が俺と同じクラスのやつらに注意してたから「度胸あるなぁ」って思って...。
それから、そいつらに「1年生いじめてんじゃねえよ」って生徒手帳出させたんだっけ...ってそれがきっかけか!?
「そのこともすごくうれしかったんですけど...その後、先パイが『がんばったな』って笑って頭なでてくれたんです。それでその時の笑顔が素敵だなぁ、って思って...」
そっちか〜!!...って俺、そんなことした!?
...敦美、やっぱりお前の言ってたことは正しかったよ...これからほんとに気をつけなければ...。
「その頃、先パイが寺西先パイとつきあってたの知ってましたし、その後、お母様の事故でいろいろ大変だった頃もただ見ていることしかできなかったんですけど...」
そこで加奈はコーヒーをこくっと飲んだ。
「5月頃、先パイがまた前のように明るくなったのは今の恋人のおかげだってうわさで聞いて、なんでわたしはがんばろうとしなかったんだろうって後悔したりしました。それでも、先パイを好きでいるのをやめられなくて...」
俺は話を聞きながら加奈のことをすごいと思った。
こんな俺のことを2年近くも...それも"彼女"でも離れていってしまうような状態の俺を見つめ続けていてくれたとは...それだけでも尊敬に値すると思ったよ、ほんとに。
「でも、"最後だから"ってがんばってみてよかった!! こうやって先パイとお茶できたし、わたしのこと、思い出して...いただけました?」
加奈はちょっといたずらっぽい顔をして上目づかいで俺のことを見た。
「ちゃんと思い出しました。ほんとにごめん!!」
俺がそう言うと加奈はふふっと笑った。

それから俺たちは学校の先生のこととかクラブのこととか他愛のない話をした。
ふと喫茶店の壁に掛かった時計に目をやると3時をさしていた。
「先パイ、時間大丈夫ですか?」
俺の行動を見ていた加奈が心配そうな顔をして言った。
なんと答えようか迷っていた俺の頭をさっきの敦美の言葉がかすめた。
"まゆ先生泣かせるようなことするんじゃないわよ"
「ごめん、そろそろ行かないと...」
俺は横に置いていたコートとテーブルの上の伝票に手をやると、加奈もいっしょに出ると言い出した。。
俺は会計を済ませると横で待っていた加奈とともに店の外に出た。
「それじゃあ、先パイ、受験がんばってくださいね!!」
「あ、うん...ありがとう。」
"いろいろな意味をこめて"俺は言った。
「こちらこそ!! ほんとにありがとうございました!!」
満面の笑顔の加奈の瞳に涙が光ったように感じたのは俺の気のせいかもしれない。

そして、店の前で加奈と別れると俺はいつもの私鉄に乗りマンションへと戻った。
玄関を開けると...とても静かだった...それにしても、この異様に甘ったるいにおいはなんだ!?
「まゆ?」
俺はリビングのドアを開けたがまゆの姿はなかった。
ふとダイニングテーブルの上に目をやると...。
「なんだこれ?」
それは白い皿の上に乗った大きな茶色いケーキ、だよな、これ?
顔を近づけてにおいをかぐとチョコレートの香りがした。
「これ...まゆが作ったのか?」
実を言えば、俺はいっしょに暮らし始めてから毎日まゆにごはんを作ってもらっているが、まゆがお菓子を作ったことは一度もなかったのだ。
ひょっとして...加奈に対抗したのか?
自分でそう考えながら俺はひとりで顔を真っ赤にしていた。
さて、当のまゆ本人はどこにいるんだろう?
まずはリビングに隣接した俺の荷物置き場と化している和室をのぞいてみたが姿なし。
そこで寝室に向かってみたら...。
いた。
まゆは毛布を頭からかぶってベッドに横になっているようで不自然な"山"ができていた。
「まゆ、ただいま。」
"山"動く気配なし。
そこで、俺は着ていたコートを脱いで持っていたデイバッグといっしょに床に置くと...ベッドの中に潜り込んだ。
毛布の中でまゆはこちらに背中を向けて横になっていたので俺はまゆの背中にぴったりと寄り添った。
「ただいま。」
耳元でそうつぶやいてもまゆの顔は向こうを向いたままだった。
「...デ、デートなんじゃ、なかったの!?」
まゆの顔の向きはそのままだったが、その口調は気にしていたことがばればれだった。
俺は思わず笑ってしまった。
「まゆが待ってるから早く帰ってきた。」
俺はそう言いながら左手でまゆを後ろから抱きしめた。
まゆはぴくっと反応したがまだ向こう向きのまま...結構手ごわいな...。
そのまままゆの髪に顔を埋めるとチョコレートのにおいがした。
「そういえば、チョコケーキ、作ってくれたんだ。」
まゆが明らかに固まっているのが後ろからでもわかった。
「べ、別にこうちゃんのために、作ったんじゃなくて!! 生徒が、高校受かったから、そのお祝いの、試作品...」
さすがにちょっとその言い訳には無理があったと自分でも思ったらしいまゆは語尾が小さくなっていった。
「じゃあ、その試作品、味見してみなくちゃ。」
俺は笑いながらそう言った。
それから、まゆの首のところにあった左手でまゆの前髪をかき上げたり、指で頬を、そして唇の形をなぞった。
「...こうちゃん...」
「ん?」
俺の指にかかるまゆの吐息に実はどきっとしたがバレないように必死で平気なふりをした。
「もう、ああいう手紙もらっても、行っちゃだめだからね...」
今にも泣き出しそうな口調でそんなこと言われて俺が平常心でいられるだろうか...(いやいられまい←反語)
「了解。」
俺は右手でまゆの頭を抱え、左腕でぎゅっと抱きしめた。
そして、俺は前にまゆが教えてくれた歌を思い出し笑顔になった。

―Stay little Valentine stay Each day is Valentine's Day―
あなたがいれば毎日がバレンタインデイ

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タイトルはジャズ(でいいのか?)のスタンダードナンバーから。(ほんとはこの歌の"Valentine"は人の名前だそうですが)
ちなみに、最後の英文はその曲の最後の部分で、一番最後の文は綾部なりに日本語にしてみました♪
そして、後編が「2&3」になったのは最後のラブラブシーンが予定より長くなってしまったからでした(爆)
[綾部海 2004.2.14]

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