BEFORE DAWN
12

「で、言いたいことはそれだけか?」
憮然とした顔の親父に俺は黙ってこっくりとうなづいた。

土曜日の午後。
まゆを連れて家に帰った俺は茶の間(とても"リビング"とは呼べない)にいた親父に"まゆといっしょに暮らしたい"と言った。
最初、親父も面食らっている様子だったが「とにかく話を聞いてくれ」という俺に黙って話を聞いてくれた。
まゆは俺の隣でそんな様子の俺たちの顔を交互に見つめていた。

「...まったく夜、黙って出かけた上に"午前様"どころか昼になっても帰ってこなくて、やっと帰ってきたと思ったら女連れで、おまけに"いっしょに暮らしたい"とは...」
親父は深々とため息をついた。
...やっぱそうだよなぁ...突然こんなこと言い出して素直に認めてくれる親もいないよな...俺ってやっぱ甘いかも...。
俺もふうっとため息をついた。
「えっと...橘さん、でしたっけ?」
「あ、はい!!」
突然親父に話しかけられてまゆは緊張した面持ちになった。
「あなたはほんとにいいんですか?こいつといっしょに暮らすっていうの。」
親父の問いにまゆはにこっと笑った。
「はい。」
その自信たっぷりの口調ときりっとした顔に俺は思わず笑みがこぼれそうになったが、あわててしゃきっとした。(親父に何を言われるか...)
まゆの言葉に親父は"うーん"と考え込んでいるようだった。
俺とまゆはそんな親父を黙ってうかがっていた。

「よし、わかった。」
「え?」
親父の言葉に俺たちはきょとんとした。
「聞いてなかったのか?"わかった"って言ったんだよ。」
その言葉を俺は一瞬理解できなかった。"わかった"っていうことは...。
「え!?じゃあいいのか!?」
俺はよろこび半分驚き半分という状態だった。てっきりだめだと思っていたのに...。
まゆも隣で驚いた顔をしていた。
「だから何度も言ってるだろう。なんだ、いやなのか?」
「い、いやじゃない!!いやじゃない!!」
冗談めかした親父の言葉に俺は思わず首をぶんぶんと振った。
「やったな、まゆ!!」
「うん!!」
俺とまゆが手を取り合ってよろこんでいたが...。
「ただし条件つきでな。」
親父がにっこりと水をさした。
「"条件"って...なに?」
「それを今から橘さんと決めるから、おまえはとっとと荷造りして来い。」
"荷造り"!?
「どうせすぐにでもあっちに移りたいんだろ?」
親父はまたもやにやにや笑った。
...お見通しだな、ほんとに...。

そして、俺はひとり、2階の自分の部屋へ行き、大きなスポーツバックに荷物を詰め始めた。
制服に、教科書に、学生鞄に、着替えに...あ〜!! あと何持って行けばいいんだ!?
部屋にあるあらゆるものが"必要なもの"に感じられてきた。
でも、さすがにこの部屋のもの全部をまゆの部屋に移す訳にいかないし...。
悩んだ末に、俺はPS2と最近買ったゲームソフトをいくつか追加した。
(マンガはまゆの部屋にもあったしな)
それにしてもなんで親父はあんなに簡単にOKしたんだろう?
俺はひとり首を傾げた。

荷物の詰まったスポーツバックは肩に掛けてみたらけっこう重く、俺はふらふらしながら階段を下りた。
「お、準備できたか?」
親父はそんな姿の俺をおもしろそうに笑った。
「で、"条件"とかいうの決まった?」
俺はスポーツバックを下ろすとまたまゆの隣に座った。
「おう、ばっちり!!」
「それで...?」
にかっと笑う親父を俺はドキドキしながら見つめた。
「なに、簡単だ。"成績が1番でも順位が下がったら直ちに実家に帰ること"。」
「なんだ、そんなことかぁ...」
俺は思わずふうっと息を吐いた。
「"そんなこと"で済めばいいけどな。」
またもや親父はにやにや笑い。
「それから...」
そう言うと、親父は俺の前に茶封筒を差し出した。
「これは来月分のこづかいだ。ほんとは"家を出てくようなヤツはバイトでもなんでもして自分で稼げ"って言いたいところだけど、一応"受験生"だからな。」
え...?
俺は思わず親父の顔をまじまじと見つめた。
「ちゃんと進路調査も出せよ。田中先生困ってたぞ。」
"もういやがる理由はないよな"
親父の顔がそう言ってるような気がした。
俺は思わず流れそうになった涙を懸命にこらえていた。

「晃平。」
「な、なんだよ!?」
"まだなにかあるのか?"と俺は思わず身構えた。
「おまえ、これから橘さんと"真剣なおつきあい"をしていくつもりなんだろうな。」
「もちろん!!」
「"結婚を前提として"?」
え!? "結婚"!?
俺、まだ高校も卒業してないし、結婚なんて...まだまだ先のことだろう...?
「"一緒に暮らしたい"って言うんだから当然それぐらいの覚悟はしてるんだろう?」
親父は楽しそうににやにやと笑っていた。
そして、まゆは俺の隣で心配そうな顔で俺を見ていた。
...そうだな...。
「あ、あたりまえだろう!! 俺たちはずっといっしょにいるんだから!!」
ずっと心の中で思っていたことを口に出してみたらさらに力を増した気がした。
そうだ、俺はまゆといつまでもいっしょなんだから...!!
俺の言葉にまゆはとてもうれしそうな顔になり、親父は満足そうな笑顔になった。

それから、俺とまゆは手を繋いでまゆのマンションへ歩いて帰った。
行きにあんなにドキドキしていたのが嘘のように、俺たちは晴れ晴れとした気持ちだった。
「俺が2階にいた時、親父とどんな話したの?」
俺の問いにまゆはふふっと笑った。
「秘密。」
「なんで?」
「なんでも。」
そう言うとまゆはとてもうれしそうな顔をした。
「こうちゃん。」
「ん?」
「素敵なお父さんだね♪」
「は!?」
まゆはそれ以上何も言わず、楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いていった。
俺はまたもや首を傾げた。

「じゃあ、こうちゃんはこの和室使ってね。」
俺は先週泊まった和室の一角にスポーツバックをどさっと置いた。
「ちょっと押入れの中ごちゃごちゃしてるもんで...できるだけ早く片づけるからね。」
まゆはそう言うと押入れから布団を出して手早く寝られる状態にしてくれた。
俺は部屋の隅っこに立ったまま、ちょっとそわそわしながらそんなまゆをながめていた。
「さて、今日はいろいろあって疲れたでしょ?早く休んだ方がいいよ。」
にっこり笑うまゆに俺は無言でうなづいた。
「じゃあ、おやすみ。」
そう言って部屋を出て行こうとするまゆの手を俺は思わずつかんでいた。
「? なに?」
まゆは首を傾げながら俺の顔を見上げた。
「あ、あの...」
俺は真っ赤になりながらなんとか次の言葉を紡ぎ出そうとした。
「な、なんにもしないから...今日も、ま、まゆの部屋で、寝てもいい...?」
まゆは一瞬きょとんとしたが、すぐにくすっと笑った。
「ほんとに"なんにもしない"の?」
首を傾げていたずらっぽく言うまゆに俺の顔はさらに真っ赤になった。
「え、あ、その...」
まゆはそんな俺に楽しそうに(というより"おかしそうに")笑うとつかんでいた俺の手をぎゅっと握った。
「うん、いっしょに寝よ♪」

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突然ですが「BEFORE DAWN」(長編)、次回で最終回になります。
(ほんとはもっと早く言うつもりだったのですが"今回の話が1回で済まないかも..."と思ったもんで^^;)
と言っても、まゆ&晃平のお話はまだまだつづきます(^^)
今回はやっと"晃平・父"が生(←"回想シーンではない"という意味)で登場できて感無量です(じーん)
[綾部海 2004.3.17]

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