Triangle:Chapter2

7

そして、航、雪野、天の3人は事務室前から北校舎3階の生徒会室を経由して同じ3階の音楽室に向かった。
音楽室にはほかの生徒の姿はなく、3人は窓際の席にかたまって座った。

久志に渡された紙袋の中にはいつもの雪野のお弁当箱とわりと大きな"タッパー"がひとつ。
両方とも中身は同じで白いご飯に鳥の唐揚げ、玉子焼き、ナポリタンにブロッコリー、プチトマト。
雪野の好物ばかりだった。
「わぁ!!おいしそうだねぇ!! そうか、さっき来てた人、お弁当届けてくれたんだ。」
「えぇ、まぁ...」
にっこり笑う航に雪野はあいまいな笑顔。
「でも、なんで天の分まで?」
「え、えっとそれは...」
航のするどい指摘に雪野があたふたしている間に天はタッパーを前に両手を合わせた。
「いただきます!!」
そして、天は黙々とタッパーの中身を口に運び始めた。
「あ、そうだね。のんびりしてたら昼休み終わっちゃうよ。前田さんも食べよ。」
「はい。」
雪野はほっと息をついて食べ始めた。

そして、しばらく三人はもそもそと食事をしていたが...。
「そういえば、あの人って前田さんのお兄さん?」
「え、あの...」
思い出したかのような航の質問に雪野がどう答えようか迷っていると...
「親父だってさ。」
それまで黙っていた天がぼそっと答え、雪野は思わずかたまってしまった。
「え、お父さん!? でも、めちゃくちゃ若く見えたんだけど...」
「あ、あの人、あれでも32歳なんです。...母が春に再婚して...」
雪野の言葉に航はなっとく顔でうなづいた。
「へぇ〜。でも、32歳じゃ、ずいぶんお母さんと年離れてない?」
「うちの母、37歳だからそんなに離れてるってほどじゃ...」
雪野はぎこちなく笑いながらいつも両親が言っている言葉を自分もくり返した。
航はそんな様子の雪野をにこにことながめながらあっというまにお弁当箱を空にした。
そのスピードにびっくりしている雪野を尻目に、航はお弁当箱を片づけると黒板の前のグランドピアノに向かった。
ピアノの前に座った航は軽く指をほぐすと鍵盤の上に指を置いた。
「わ...!!」
箸を片手に航の行動をながめていた雪野は、航が慣れた手つきでピアノを弾き始めると思わず声を上げた。
"今度、先輩のピアノ聴かせてくださいね。"
夏休み前、雪野は自分が航にそう言ったことを思い出した。
(ひょっとしたらそのためにこの場所を...?)
そう思った雪野はピアノの前の航を見ながら自然と笑みがこぼれていた。

ふと雪野が隣に目を向けると...天は箸を片手に動きが止まっていた。
「天くん、どうしたの?」
雪野の言葉に天ははっと我に返った。
「べ、別に。」
天はあわてた様子で食事を再開した。
「ひょっとしたら、きらいなおかずでもあった?」
心配そうに顔をのぞいてくる雪野から天は思わず目をそらした。
「だ、大丈夫!! なんでもないって!!」
天は"ばばば!!"とお弁当をかっこみ、あっというまに空にした。
「ごっそさん!!」
天はお弁当箱にふたをすると、ピアノの方へ駆け出した。
「航、いっしょに弾こうぜ!!」
天は横長のピアノ椅子に強引に座りこむと航といっしょに鍵盤を叩き始めた。
「?」
残された雪野は"わけがわからない"という様子でひとりお弁当をつまんでいた。

一方、"ピアノ前"のふたりは...。
「天、そこ違うよ。」
「うるせえ!!」
「あ、また間違った。」
正確さを要求する航に天は爆発寸前。
「ほら、またぁ。」
導火線着火。
「あ〜!!! いちいちうるせぇ!! 航、あっち行ってろよ!!」
天は"しっ!!しっ!!"と航を追い払うと、ひとり"ガンガン"とピアノを弾き始めた。
航は困ったように笑いながら頭をかいた。
その様子を見ていた雪野はひとり青くなっていた。
(天くんったらいくら幼なじみだからって、先輩になんて失礼なことを...!!)
そして、航が雪野の方へやってくると雪野は思わずぺこっと頭を下げた。
「あの、天くんが...すみません...」
雪野は"なんで自分が謝っているんだろう"と思いながらも航に何回も頭を下げた。
航はそんな雪野に逆に驚いてしまった。
「あ、そんな、前田さん、俺、全然気にしてないから、顔を上げてよ。」
航の言葉に今度は雪野が驚いた顔になった。
「ほんとにいいんですか?」
「うん。どうせ天は要のことを心配しているの隠そうとして怒りっぽくなってるだけだから。」
にっこり笑う航に雪野はまたもやびっくり顔になった。
「そうなんですか!?」
「基本的に人前で弱音はくの嫌がるヤツだからねぇ。で、目の前で要の話されるとボロが出そうになるからあわててやめさせたり。」
「あ...」
雪野はさっきの事務室前での天を思い出した。
「なんだかんだ言っても天も要もまだまだ子供だな♪」
おもしろそうに笑う航を雪野は思わずじっと見つめてしまった。
(西森先輩って、すごいかも...)
つきあいが長いせいかも知れないが天の行動の裏を読む航の洞察力に雪野は脱帽であった。
(あれ?...でも、なんで天くん、わたしには...?)
雪野はひとり首を傾げた。

と、その時。
「あれ?」
雪野と航は声のした方を目をやると、音楽室の入口に手塚光希が立っていた。
「ずいぶんにぎやかだと思ったら、めずらしい人がいたものね。」
光希はにやにやと笑いながらピアノの前の天に視線を送った。
「う、うるせぇな!! おまえこそなにやってるんだよ!?」
「一応"音大受験生"なもんでレッスン室で練習しようと思ってね。」
そう言いながら、光希は職員室で借りてきたレッスン室のカギをかかげて見せた。
光希の"完璧な"返答に天は黙ってしまった。
「天、ピアノ弾くのはいいけど、あんまり手荒に扱わないでね。鍵盤が痛むじゃない。」
「なっ...!!」
天は反論しようとしたが、光希の言葉があまりに正論すぎて反抗のしようがなかった。
天は真っ赤な顔をしながら、今度は小さな音でピアノを弾き始めた。
そして、雪野と航はそんなふたりを言葉もなく眺めていた。
「あ、西森くん。」
「は、はい!!」
急に光希がこちらを向き声をかけてきたので、ふたりともかたまってしまった。
「西森くんも前田さんと仲がいいなんて知らなかった。」
その言葉は鋭い矢のように航の心に突き刺さった。
「手塚さ...」
「じゃあね。」
光希は航の声を無視して音楽室の入口から姿を消した。
航は思わずぎゅっと拳を握った。
(西森さんって"そう"だったんだ...)
とてもせつない顔の航に対して雪野は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

天の奏でる静かなサティの曲が音楽室に響き渡った。

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というわけで、「お弁当編・後編」です。
光希のせいでなんか暗いムードに...あれ、おかしいなぁ、こんなはずじゃ^^;
次回は「要看病編」です(笑)
[綾部海 2004.4.2]

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Photo by おしゃれ探偵